- PARCO劇場 A列15番
- 作・演出 三谷幸喜
三谷幸喜さん新作で、キャストに小日向さん浅野さん山崎さんが揃っているのを見た時点で「こんな勝ち確あります!?!?!?」って飛び上がっちゃった。共演者も手堅くてしかも題材がマッカーシズム!かつて「笑の大学」という大大大大大傑作をものした三谷さんが、「思想を取り締まる」という部分に踏み込むって、んもー期待値爆上がりでしたよ。
舞台上の構図はいたってシンプルで、「赤狩り」のために映画人たちが共産党員ではないか、コミュニストの集会に参加しているのではないか、そういう人物を知っているのではないか…という尋問を行う政府側の役人2人の待つ部屋に、女優、映画監督、劇作家そして脚本家という立場の違う4人が一人ずつ呼び込まれ、そこで1対2の構図で繰り広げられる、丁々発止のやりとり、野心や信念をめぐる侃侃諤諤を描いています。
この、4人の映画人に対していずれも構図は同じ、というのが実によく効いていて、「同じことを聞かれる」からこそ、それをどうやって返すのか、という部分が自然と際立ってくるんですよね。さらに言うと、この小日向浅野山崎っていう名手三人の役者としてのタイプの違いみたいなものも浮かび上がってくる。今回3人は基本的に「受け」の芝居なので、だからこそいっそう、彼らの技量が際立つってわけですよ。
いやもう正直、もちろん物語としても楽しんだけど、この3人の芝居のうまさに舌を巻きっぱなしの1時間50分でしたわ。もうね、本当にむちゃくちゃ細かいところまで芝居が行き届いてんのよ。机にぐっと身を乗り出すタイミングとか、仕草や声のトーン、相手の芝居を「聞く」姿勢のうまさとか…。この長い芝居を憎み短い芝居を愛する私をして、「いやーこれ、もうちょっと長くやってもらってもええですけどね!?」ってなるほど、ずっと見ていたかったもん。飽きねえ。こんなにも芝居のうまさが結晶のように舞台の上に出現することってあるんだ…(感動)。
4人の登場人物にはそれぞれ実在のモデルとなった人物がいて、浅野さんがエリア・カザンだというのはすぐわかったな。山崎さんの役が劇作家というので誰だろう?と思ったらブレヒトだったんですね知らなかった。トランボは最初に名前が出てくるので、これが小日向さんの役のモデルなんだろうなーと思いながら見ていました。
今回の舞台における浅野雅博さんの役のような、いわば取り締まる方を絶対悪のように書かないのが三谷さんらしさだなと思うし、そこに物足りなさを感じるひともいるかもしれないが、彼らもまた「市井の人」であることを考えれば、三谷さんのしたいことは彼らに対する断罪ではないんだよね。冒頭のトランボの名言からしても、皆同じ人間で、でもだからこそ立場が違えば人はとことん残酷にもなれる、というのは、笑の大学でも、国民の映画でも三谷さんが書かれてきたことなんだよな。そして常に、「制約のなかで芸術はなにができるのか」を考えているひとなんだろうなと思う。そう思うと三谷さんがこの作品でトランボを芯に据えるのも頷けるものがある。
今回の芝居、名手三人は基本受けの芝居だと書いたけど、逆に「投げ」役はもっぱら中川くんが背負っていて、役人としての立場と、映画という文化を愛する市民としての二律背反に悩む、悩んではいるけれど明るさは失わない役柄を好演していました。浅野雅博さんは権威主義的な立ち回りの役だけど、その実、場の交通整理とお互いの感情の通訳をこなしつつのあの仕事ぶりなので、手練れとしか言いようがない。ダブル浅野贅沢すぎなんよ!関谷春子さん、初めてお見掛けしたと思うのだけど、この座組において印象が薄れない芝居ぶり、お見事でした。なんかフライヤーとかキャスト一覧で関谷さんだけフォントが小さいの、マジで意味不明なんですけど。最初声だけなのかなとか、出る場面が限られるからなのかなとか思ったけどぜんぜんそんなことないじゃん。どういう意図か知らないけどこういうの本当にしょうもないし作品の良さが泣くのでやめた方がいいと思います。
浅野(和之)さん、露悪的な立ち回りをしてみせつつ、監督は作品を撮り続けることでしか生きられない、そのためにはなんでもするという信念を見せる場面とか素晴らしかったね。他人を告発することは正しくはないのだろうし、こういう人物にはしっぺ返しにあって欲しいと思っちゃう部分もあるけど、だが彼には彼の正義があるんだよな。中川さんが映画ファンだと知って心の中で彼の称賛を待ってしまう機微をみせるところ、ひーひー唸るほどうまくてしびれた。山崎さんは外国人という役回りを存分に活かしてそのギャップで笑いを誘う場面も作りつつ、しかしこの芝居の中でもっとも痛烈な批判を浴びせるのもこの人だっていうのが最高でした。緩急の極みみたいな芝居作りの確かさ。最終盤における存在感も含めて見事すぎ。
小日向さんはみんな大好きカミソリ小日向の匂いも若干ありつつ、自分自身の信念を曲げない、でもその曲げない姿勢すら大仰にみせず人としての在り方を伝える役で、こんなん、こんなん、好きにきまっとりますが!?となるしかなかった。党員であることも集会に参加したことも否定しない、でも他者を売り渡すことを徹底的に拒否するあの姿勢、それを穏やかに、でもきびしくみせる芝居の温度感たるや。ほんと、贅沢な時間だったよ…。
私は日本国憲法でいちばん好きな条文は第19条なんです。「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」内心の絶対的自由、沈黙の自由。人間が考えていることを取り締まろうとするとき、それは本当に世界が良くない方向に進んでいるときだし、だからこそ、いま三谷さんがこのマッカーシズムを取り上げたことには大きな意味があるような気がしています。


