
2025年に再結成しワールドツアーを行ったOASISのドキュメンタリー映画で、スティーヴン・ナイトがプロデューサーと構成を手掛けてます。2週間限定で劇場公開するって話を見かけてからうえーーー絶対見たい、沖縄でも上映されるんかなあと心配していましたが、無事見ることが出来ました。つーか、2回も見に行ってしまった。
オアシスには通り一遍な思い入れと知識しかないので、再結成をずっと待っていたとか、逆にそういうことを考えるのがつらすぎて距離を置いているとか、とにかく骨絡みであのバンドに思い入れていたわけではないので、こんなことを言ったら顰蹙を買うかもしれないけど、私はこの世界一有名な兄弟が「どういう物語のもとで」この再結成に至ったのか、という点にむちゃくちゃ興味があったんですよね。
でも、今回のドキュメンタリーでスティーヴン・ナイトは、「兄弟の物語(ナラティヴ)」というよりも、「オアシスと兄弟」「オアシスとファン」の物語に主軸を置いている構成にしてるんですよ。で、それが私にぶっ刺さってしまった。
いやだって、バンドの再結成といえば私が引っ張り出すこの名言(正直発言したご本人よりも私の方がこの名言を擦ってる説ある)をもう一回引かせてもらいますけど、
「ロックミュージシャンというのは、ノスタルジー配給係としての役割っていうの、絶対あると思うんですよ。僕は再結成してよかったなと思うのは、再結成っていうのは単にバンドが、メンバーがよりを戻すってことだけではなくて、そのバンドが再活動することによって、スタッフとの再会があったりだとか、他のミュージシャンとの再会があったりだとか、ファンとの再会があって、ファンはファン同士の再会があって・・・結局わかったのが、ロックバンドの再結成というのは、ほんとにたくさんの、無数無限の再会をいたるところで派生させるための、音楽による、大いなるきっかけという本質があるんだなと思ったわけですね。」
この映画、完全にこの文脈で構成されてると思うんですよ。逆に言えば、そうではない部分、つまりノエルとリアムが何に向き合ってこの再結成という物語にたどり着いたか、そこからライヴに至るまでにどのような葛藤と衝突が、または歓喜と興奮があったのか、ということを知りたい、またはもっと単純にオアシスの楽曲とそれに向き合うバンドを追いたい、という向きには全然かゆいところに手が届かないドキュメンタリーになってるかもしれないなとは思いました。
でも私自身はね、自分がひとつのバンドに固執していた(いる)経験があることからもわかるとおり、バンドというものの物語を貪ってしまう生き物なので、今回のこの映画の構成にぐっとくる部分が正直、多かったです。
いろんなファンの「私とオアシス」が語られていたけど、個人的にいちばん私の胸に刺さったのはカーディフで終演後立ち尽くす男の子の姿だったな。なんでも自分に引き寄せて考えるなと言われそうだけど、THE YELLOW MONKEYが解散していたとき、吉井がライヴのシークレットゲストにヒーセを呼んで、2曲一緒にやって、終演後に会場の外で地面に座り込んで、電話の向こうの相手にむかって、おれ、もうマジで死んでもいいっす、もう、マジで、ほんとに死んでもいいっす、って泣きながら繰り返していた男の子の姿を重ねてしまったりしたんだよな。もう一生、自分には手が届かないと思っていたものに触れることができたときの、あの魂すべてが持っていかれたような表情…。あんなん、泣かずにおられるかって。
ものすごいパンチライン(とFuckin)が怒涛のごとく繰り出されてたな。「俺たちはスーパーヒーローじゃない 癌も治せない でも音楽を爆発的なエネルギーに変える 心に火つけて悩みを洗い流してやる」「バンド以上の存在になろうとするな」とか、リハーサルでも「オアシスの楽曲」に真摯に向き合わなきゃいけないんだって姿勢を双方から感じたし、特にリアムが「ノエルはプロ意識が高いから誘惑に負けそうなのはこっち」と思われてるだろうけどファッキン冗談じゃねえよ、と酒も煙草も断ってツアーに挑んでいるのがなんかほんと…かっこよかった。かっこよかったよ。「HELLO」を歌い出した瞬間のあの空気!一瞬で場を掌握するってああいうことを言うんだろうな。もう正直その圧だけで意味わからん涙出てきたもんな。
でもって、「頼むから楽屋で5分休ませてくれ」「最初の40分記憶がない」「甘く見てた」って述懐しちゃうお兄さんもよかった。ノエルでさえ!ノエルでさえそう思ってしまうほど、15年ぶりのギグには圧倒的なパワーを要するってことなんだもんな。そうして、どれだけ時間が開いても、そしてどれだけリハーサルを重ねても、なによりステージに立つってことでしか解決できないものがあの二人にはあったんだなと思う。ふたりの間にあったものを洗い流したのはやっぱりライヴだったんだよなあ。しみじみと「あいつは変わらない、だから俺が折れるしかない」っていう言葉、それはあきらめじゃなくて、お互いが一緒に音楽をやることには、それだけの価値があるってことなんだと思う。
映画の中でイングランドやアイルランドが深く取り上げられるのはもちろんだけど、ブエノスアイレスやリオ、ソウルの風景が切り取られたのは、言語の異なる社会において根差している「オアシス」を取り上げたかった意味もあるのかなと思った。
それにしても、あの最初のリハーサルの雰囲気から始まって、途中で語られる兄弟のインタビューがおんなじ場所で一緒に聞いてるんかーい!というのは笑った。この映画にネタバレらしいネタバレがあるとしたらこれじゃなかろうか。
当たり前だけど、ふたりともオアシスというバンドを愛してるし、誇りに思ってるし、そのバンドが残したものをないがしろにしたくないと思っていてくれているんだなってこと、それが最終的には「バンドの物語を変える」ことにつながったような気がしてならない。バンドって、生き物だからさ。解散はバンドにとっての死だし、だからこそ、命を与えたいと思うひとがいないとバンドってよみがえらないんだよね。
それにしても、今さらすぎて申し訳ないけど、何がってほんとうに楽曲がいい。えげつないっすわ。こんな…こんないい曲ばっかりってことあります!?と思うほどに、楽曲が光り輝いていて、もうその光の強さだけで何度も涙が出てきて参りました。
最後のリアムのことば、よかった。起きて、仕事しろ、スマホを置け、むちゃくちゃでもいい、片付けりゃすむ、明日は来るんだ…。
2027年のツアーが発表されたけれど、今度は兄弟がどんなふうに「バンドのナラティヴ」を描こうとしてるのか、その行く末が楽しみです。

