「2020」

高橋一生さんのひとり芝居。演出は白井晃さんで、上田岳弘さんの書き下ろし。一生くんがひとり芝居をパルコでやろうというときに、自ら作家に声をかけ、過去にタッグを組んだ演出家を巻き込み、ウェルメイドとは真逆の方向に全振りした作品を指向するというのがすごく面白いなと。ほんと硬派な人ですよね。

この世界を構成する分子のひとつにすぎず、それでいて世界の全体である、というような視点からの語りが続くので、相当に観念的だし、それでひとり芝居なので、挑むハードルの高さよ…と思いました。観客もそうそうに自分の立ち位置決めないといろいろ掴みそこねるやつ。最後まで理をもって食らいつくか、目の前の事象を受け入れて感性の海に漂うか…。個人的には、大錬金ぐらいまではなんとか波に乗れていたんだけど、その途中で振り落とされちゃいましたね!わははは。

一生くんはさすがに達者というか、うまいなと思わせるのはもちろんなんだけど、こうしてひとりで場を持たせる形になると、この人けっこうけれん味の強い芝居をするんだなっていうのが発見でしたね。新感線どうだ?(すぐ新感線に誘うのやめなさい)あと舞台表現というものについて、まず身体表現であるっていう信念というか、憧れがあるんだろうなと思わせるステージングで、そこもよかった。どれだけ人気者になってもこうした舞台に出てくれる一生くん推せるぜ。

舞台床面と背面のプロジェクションマッピングの出来がすばらしく、これ映像上田大樹さん?と思って後で確認したらやっぱりそうだった。安心と信頼の上田大先生。床面のは特に2階から見ているからこその面白さもあった気がします。

「ジュラシック・ワールド/新たなる支配者」


ジュラワシリーズ3作目、ジュラシック・パークから数えて6作、堂々の完結編の触れ込みで、ジュラシック・パークオリジナルキャストのローラ・ダーンサム・ニールジェフ・ゴールドブラムが顔を揃える話題作。主演はもちろんクリス・プラット、監督はコリン・トレヴォロウ。

いやーなんか、散漫な映画だった。公開直後にあんまりあからさまにブーブー言いたくないけど、しかしこれはあんまりでは…という感がすごい。こうした大作が大味になることはままあって、でも大味だって味じゃん!!と思うし、そういうのが見たい時ももちろんあるんだけど、もはや大味ですらないという。ちょっと前作の記憶も薄れ気味ではあるんだけど、なんか恐竜たちが世界に解き放たれて、さあどうする!からだった気がするので、どうにでも持っていけそうな気がするのに、逆にむちゃくちゃ映画の中の世界が狭く感じてしまったな。

オーウェンとクレアとメイジーの疑似親子組と、旧作3博士のトリオとのそれぞれのエピソードがまったく有機的につながっていなくて、人間たちの物語にほぼカタルシスがないというのも痛いんだけど、それでも恐竜が圧倒的な力を見せて暴れ回ってくれたらまあまだその部分は満足できた気がするのに、肝心のそこが手薄なのがほんと残念だった。偶発的に出会って偶発的に戦うだけだもんなあ。人間たちが恐竜をコントロールしようとしても、それを超えるXファクターが恐竜側にあって、そこから生まれる危地をどう脱するのか、というテンプレさえもガタガタだったし、そもそも今回そのXファクターが巨大イナゴに全振りされてるんですよね。いや昆虫パニックもの映画見に来たんじゃないんですってば。

なんかこう、登場人物側を「良き行いをするひと」に落とし込もうとするあまり物語がいびつになっていた感じがすごくありましたね。ドジスンの最後もなんだかなだったしね…。あとジュラワ第1作でミーム化したオーウェンがラプトルを制するときのあれ、いつでもどこでもなんにでも連打してて「またそれ?」という気になっちゃったよ。人間のコントロールできないものが自然界にはあって、恐竜ももちろんそのひとつなのだ、という部分が好きなので、あんな唐突に共存共存!言われても、その横で走ってる馬そのうち喰われるよ、ということしか考えられないんだけどもっていう。

よかったのは新キャラのケイラ周りで、すごく魅力的だったよね。彼女が絡んだアクションシーンはなべて面白かった。マルタでの追っかけっこから飛行機に飛び乗るまでのシークエンスと、制御装置が外されて大型翼竜に襲われてからの不時着、氷の上でのアクションとかは見ごたえあったなーと思います。あ、あとメイジーが首長竜を見かけるところ、あれちょっとブラッドベリの「霧笛」ぽいよね。あそこは好きだった。

サム・ニールローラ・ダーンジェフ・ゴールドブラムも、キャラクターとしての魅力は全然失ってなくて、つーか倍掛けで渋くカッコよくなってるのさすがすぎた。だからこそもっと脚本がなー!という気がしてならない。ヒットした映画の続編を高クオリティで作ることっていうのがどれだけ難しいことなのかってのを改めて実感しました。

「てなもんや三文オペラ」

最初はパルコで見る予定だったんですが、ギリギリで中止回にあたってしまい、慌てて大阪公演を取り直すという。取り直せただけよかった。ブレヒトの「三文オペラ」を鄭義信さんの翻案・演出で、主役のマック・ザ・ナイフには生田斗真

演劇界にその名も高いブレヒトの「三文オペラ」ですが、えへへ、ちゃんと見たのは今回が初めてです。いやこれも翻案だからちゃんととは言わんのか…?しかし、通して観てみることで、なるほど演劇人がこぞって三文オペラやりたくなるわけだよ…と妙に得心するところがありました。ブレヒト自身が当時の世相から強く影響を受けており、それらに抵抗したその意思の残滓が、どんなふうにアレンジを加えても戯曲の骨格を殺さず、かつ「今の時代」にも自然とリンクする部分があるように見えてくるという。名作の証ですね。

今回は舞台を戦後大阪(奇しくも公演のあった森ノ宮ピロティは舞台のドンズバ跡地)に置き、そこでアパッチ族と呼ばれた集団をマックたちギャングに置き換えていて、舞台の設定としてもむちゃくちゃ飲み込みやすくなってましたね。あとポーリーをポールとして男性に置き換えた作劇も効果的だった気がします。

いやしかし、冒頭の結婚式のシーンで白の三つ揃い着てババーーン!と登場した生田斗真の華のあることと言ったら!存在だけで間が持つやつ。全体的にマックはビシッとキメた恰好が多いので、相当に眼福であったなと。平田あっちゃんとのやり取りはじめ、色んなところでちゃんと面白も回収してて、いやー頼もしい座長さん!という感じであった。ピーチャムのいっけいさんも最高だったね。声の良さ!台詞の聞き取りやすさ!悪辣ぶり!満点でござった。

耳馴染みのあるマック・ザ・ナイフの曲を始め、音楽はわりと好きなテイストだったのもよかった。ただ歌はどれもこれも難しそうだったねー!その中で圧倒的うまさを見せつけてた福井晶一さんさすがでした。いや今回なかなか隙のない座組よね。

最後のかなり長い独白、そこからのマックの「最後の望み」を聞かせてからのあの展開、ああなるだろうと思って見ていてもキツイし、「お前が死にたかった今日は誰かが生きたいと願った明日」じゃないけど、作家がこの戯曲の骨格を借りて何を見せたかったのかがわかる、刺さるシーンになっていたと思います。

「七月大歌舞伎 昼の部」

  • 松竹座 1階8列18番

「八重桐廓噺」、孝太郎さんの八重桐で。以前観た時は時蔵さんだったかな。廓噺の語りの面白さから一転、後半突然スーパーヒーロー展開になるっていう温度差がすごい。こういう作品観るたび歌舞伎って自由だなー!って思います。お前が討とうとしてる親の仇はもうこの間妹がやってもうてんねん!\ガーン/ってなるのもそんな展開あり?ってなるし。白菊の壱太郎さん、出のところとかぐっと際立っててよかった。

「浮かれ心中」。原作は井上ひさしの「手鎖心中」。以前どっかで見たな、と自分のブログで検索したら6年前に明治座で拝見してましたね。そのときのおすずは菊之助さんだったな。中村屋さんご兄弟久しぶりの大阪ということで、観客も待ってた感すごかった。勘九郎さんの栄次郎が最初の台詞喋った時近くの席のおばさまがむちゃくちゃわかりやすく息を呑んでて、そっくりやって思わはったんやろうな~と。

栄次郎は愛嬌があって劇中でも皆に好かれてる(まあ、金払いのよさもある)けど、これ彼がやってることって早い話が迷惑系youtuberとなんも変わらんなという気もした。そんなこと言ったら「戯作」にかけた井上ひさし御大の想いはどこに!って感じだけど、彼は徹頭徹尾「良い作品を書いて名を売る」ってベクトルには向かわないもんね。有名になるための手段のエスカレーション、もちろんそれをシニカルに見せるのが戯曲の趣向なんだけど、もはやそういう人が「戯作の中だけ」ではないのが昨今。国会に出ない国会議員が選挙で選ばれるぐらいですからね。

「籠釣瓶」のパロディ的要素がふんだんにあるところはすごく好き。幸四郎さんの太助で「家に帰るがいやになった」が、七之助さんの七三の笑みが、勘九郎さんの「おいらん、そりゃあんまり袖なかろうぜ」が聞けるという御馳走。勘九郎さん6年前も「やりたいね~」つってたけど、マジのマジで待ってますんでこれ。そういえば、吉右衛門さまは佐野次郎左衛門もよくやってらっしゃったけど、幸四郎さんはそっちの方もやりたい気持ちあるのかな。私の中では幸四郎さんは栄之丞なんですけども!(知らんがな)

勘三郎さんが栄次郎をやったときは三津五郎さんが太助をされたそうだけど、勘九郎さんと幸四郎さんにも単なる共演者以上の同志感があって、このコンビで見られたのは嬉しかったな。七之助さんのおすず&帚木、いやそりゃいいに決まってますってば。七の八ツ橋も待ってるよ。最後のちゅう乗りも含めて中村屋さんらしい、楽しさにちょっとのセンチメンタルがまぶされた良き一幕でした。

「グレイマン」


ルッソ兄弟監督でライアン・ゴズリングクリス・エヴァンス共演のNetflix映画です。が、一部劇場で先行公開ということで見てきました。いや大きい画面で見れる機会があるならそっちのほうがいいかなと思って。製作費むちゃくちゃかかってるという噂だし。配信は来週22日からの予定です。

実際、ド派手な映画だったので映画館で見て正解だった!CIA子飼いの暗殺集団としてスカウトされた元囚人、通称「シックス」がある任務で請け負った暗殺、実はそれが自分の仲間である「フォー」の暗殺指令だったことがわかる。「フォー」が死に際に託したデータを巡って、仁義なき暗殺バトルロイヤルが始まる…!みたいな、そんな話です。

正直言うと物語の細部の詰めが甘いところがあって、やるべきミッションとそれに対する作戦の派手さのバランスがとれてないところを「あいつはソシオパス」のひと言で乗り切ってるきらいがなきにしもあらずだったり、終盤のこのキャラ配置、もうちょっとカタルシスのある展開できるんじゃないか…?って部分もあったりしました。あと、「タイラーレイク」もそうだったけど絶対戦闘で負けないマンの弱点に無垢な子供もってくるパターン、「もう それ みた」みたいな感覚もちょっとあったな。

駄菓子菓子!さすがというかなんというか、アクションシーンにおいてはそのアイデアの豊富さ、見せ方の巧みさ、手を変え品を変え豪華な皿が出てくるコース料理がごとく、一瞬も飽きさせないのがすごい。そしてこの映画、登場人物がしんねりむっつり来し方行く末を話したりするシーンがまったくなく、アクションこそがこの映画のダイアローグだ!といわんばかりに詰め込まれてる。特にプラハ市街地でのアクションは素晴らしかったっすね。あの橋の欄干に主人公を繋ぎとめて見せる手練手管の数々!路線電車の屋根からショーウインドーに映った敵を見て狙撃するシーンとかもしびれたわ。あとルッソ兄弟、ナイフアクションの撮り方ほんとうまい。

ライアン・ゴズリング、ほぼ無表情でボロボロになりながらもクールさの失われない「頼りになるやつ」感、好きでした。うすうすそんな気はしてたけど、私ごずごずの顔大好きだな…。クリエヴァさんはキャップとは全方向で真逆の最低サイコパス野郎で、生き生きと楽しげでよかったです。走り方ほんと特徴ある。タイマンのナイフアクションちょっとときめいちゃったよ。アナ・デ・アルマスのアクションも思うさま堪能出来てなによりでした。そうそう、冒頭でシックスとやり合うフォー、CAWSでロリンズをやってたカラン・マルヴェイさんだったね!

「七月大歌舞伎 夜の部」

  • 松竹座 17列15番

堀川波の鼓」。仁左衛門さまが小倉彦九郎の予定でしたが、体調不良による休演ということで勘九郎さんが代役。勘九郎さんがやる予定だった宮地源右衛門は中村隼人さん。
どんな話なのか、まったく予備知識ないまま見ていたので、途中で「おいおいどういう話なん」となり、最後まで「おいおいどういう話なんだよー!」とツッコミながら終わった。近松門左衛門先生こういうのも書いてるのか…勉強になりました…
妻の不義、即、死あるのみといった時代を描きつつも、お種と宮地源右衛門が一線を越えてしまうときの描写が昼メロもかくやというねっちょり具合でおいおいおい…近松先生やってもうてるな!と思いましたね。勢いでってのとも違うエロさがあって面白かった。思えば宮地源右衛門はなんか、とんだ間男だなって感じなんだけど、勘九郎さんがこのよろめき間男をやるはずだったのか…それはちょう観たかった…と自分の癖(ヘキ)丸出しのことを考えてしまいましたね。

祇園恋づくし」。鴈治郎さんと幸四郎さんがそれぞれ二役で実にイキイキと演じておられました。このお二人の相性の良さよ。でもって、江戸っ子の留五郎(幸四郎さん)が関西人の中に入ってすったもんだする、という構図も演者とリンクしててよかったですね。おそのの虎之介さん、おげんの壱太郎さんが実に間の良い受け手になっていて、どの組み合わせも楽しく観られた気がします。なにげに勘九郎さんと壱太郎さんのコンビも好き。
それにしても、幸四郎さんの舞台を拝見するのすごく久しぶりな気がして、久しぶりだからこそ実感したんだけど、ほんと幸四郎さんって、見てて嬉しくなる役者さんですよね。こっちの心を弾ませる何かがある。そういうのって、私はどうしても勘三郎さんを思い出してしまうんだけど、じゃあ勘九郎さんはっていうと、幸四郎さんといるときの勘九郎さんって、なんだか三津五郎さんを思い出させるんだよなあ。不思議なものですね。

「ソー:ラブ&サンダー」


MCUフェーズ4、ソー第4作。監督はラグナロクに引き続きタイカ・ワイティティ。エンドゲームのラストでGotGの面々と去ったソーのその後が描かれます。スパイダーマン、Drストレンジとマルチバースが主軸になりつつあるけど、今作はド直球にフェーズ3の地続きの話。

見ていてうまいなーと思ったのは、予告編に出てくるあんなシーンこんなやりとり、ほぼオープニングで出尽くしてたなってこと。もちろん、ジェーンがムジョルニアを持って「ソー」として出てくるっていう部分はひとつのヤマだけど、でもその部分ですら「サワリ」に過ぎないんですよね。んじゃあこの物語の本流は何かっていったら、最終的にそれが「ラブ」に集約していくわけで、なんかすげえ楽しそうなタイトルだなあー!と思っていたものが実は結構ヘヴィーなものを含んでたっていう。でも兄上の物語っていつもそうかもしれない。MCUイチいろんなものを喪ってきたの兄上だもんね。母を喪い父を喪い、弟を、友人を喪い、国も喪う。それでも悲愴が先に立たないのは、兄上の得難いキャラクターと、常に前向きの運動力と共にあることもあるんだろうな。

クリスチャン・ベール演じるゴア、神殺しのために手段を選ばないヴィランの禍々しさがむちゃくちゃ効果的で、色のない世界の描き方とかに感心しつつ、その一方で「なんとなく詰めは甘いがこまけぇことは気にすんな」みたいな印象も正直あった。難しいとこだけどね!タイカ監督ならではのあのオフビートなやりとりがあってこそじゃん、という気もするし、実際この映画イチ笑ったのストームブレイカー周りで、あの辺とかホントタイカ監督の真骨頂って感じじゃないですか。でもその…ゴアの最後の願い、そりゃそうなるだろう…という風に見えちゃうし、だとしたらここまでのストーリーテリングはいったい…ともなるし、あとギリシア神話周りの描写も楽しかったけど、あそこで4人が何がしたかったのかいまいちわからん…などなど、しっくりこない部分もあったって感じです。

あとまあ、私が徹頭徹尾ラブに心を引っ張られないタチってのもあるんかなと思う。まったく引っ張られないわけではないが、ここで描かれたジェーンとソーの歴史とかに「特に興味ない」みたいな顔して見ちゃうとこある。ジェーンがムジョルニアを持てる理由が、ジェーン由来ではなく、ソーのかけた願い由来だったってとことか、あとソーがスターロードに言われる、ある意味核となる台詞の「喪うことでどれだけ最低な思いをしても、それを知らなかったときよりマシ」っていうあれはね、恋愛を通じてむきだしの他者と相対することを極力避けてる人間には痛い台詞…!とか思ったりもしたんですけども。

ニューアスガルドで神話劇やってる面々がますます豪華になってて笑ったし(メリッサ・マッカーシー!)、マット・デイモン嬉々としすぎだろってなりましたね。クリスチャン・ベールのゴアはさすがでした。何やらせても突出する人だねほんと。あの禍々しさったら。ナタリー・ポートマンのジェーン、最後の決めセリフのところむちゃくちゃよかったな。レディなんて呼びやがるやつを今後もぶっ飛ばしていってほしい。そうそう、ガーディアンズと兄上のやりとりは全部最高でした。あとヤギも最高でした。どこからあんなの思いつくのか。

ポストクレジットシーン、やっぱりー!となったのは、実はこれ撮影時期にイドリス・エルバがクリヘムさんたちとオールブラックス訪問して一緒に写真撮ってたのをみたんですよね。なのでソー4にヘイムダル出るのかな?って思ってたらこれだったかーっていう。エンドロールでお決まりの文句が出たけども、やー次はどこで出てくるのかな。先日SDCCで次のアベンジャーズ映画が発表されたけど、やっぱりそこに参戦するのかな。しかしもはやMCU世界の拡大のスピードに振り落とされそうよ!