「イノセント・ピープル」

演劇ポータルサイトである「CoRich」が「名作リメイク」と称して、立ち上げたプロデュース公演の第一弾。以下公式サイトからの引用。

小劇場系カンパニーが生み出した舞台にはたくさんの名作がありますが、運よくそれを観ることができた観客は多く ありません。カンパニーが自ら再演を行うには集客などの課題があり、挑戦しづらいのが実情です。 CoRich舞台芸術!プロデュース【名作リメイク】は、小劇場系カンパニーの名作戯曲を探し出し、新しいキャスト・ス タッフとともに再演する企画です。一人でも多くの人に素晴らしい観劇体験をしてもらい、観劇人口が増えることを願っています。

まずこの趣旨自体にね、大きく首を縦に振らざるを得ない。この「小劇場で数多生まれた優れた戯曲が、その後日の目を見なくなる問題」は本当にずっとどうにかならんもんかねと思っていた。権利を持っている作家や劇団を整理して、アクセスしやすく、手掛けやすくなる環境作りマジでやってほしい。そういう思いを持つ一人として、このような試みは大歓迎です。今作は2010年に劇団昴が畑澤聖悟さんの脚本で上演したもので、今作の演出は日澤雄介さんが手がけるという、この人選の確かさも唸る。

世界で初めて原子爆弾実験を成功させたニューメキシコ州ロスアラモスで、原爆の開発に携わった5人の若者の、その後の65年の人生を描くというものですが、ちょうど時を同じくしてというか、つい先日その「トリニティ実験」を率いたロバート・オッペンハイマーの映画がようやく日本公開にこぎつけたところで(なので映画を見てからこの感想を書こうと思っていた)、この「イノセント・ピープル」を見ていたことで「オッペンハイマー」の解像度があがったところもあり、逆に「オッペンハイマー」によってこの芝居がより立体として感じられる部分もあって、なかなか得難い経験をさせてもらったなと。

日本人という立場から描く原爆開発者は、「オッペンハイマー」のそれと比べるとあまりにも無邪気に過ぎる感はあるものの、しかしそれも一つの真実だったんだろうなと思います。でもって、ついつい忘れそうになるけれど、アメリカという国はこの65年間、ずっと戦争している国なんだってこと。ブライアンの息子はベトナム戦争に志願し、命は助かったものの車いすでの生活を余儀なくされる。娘は大学で知り合った被爆2世の日本人と交際し、結婚して日本に住むと言い出す。トリニティ実験の成功の栄光(彼らにとってそれは人生最大の栄光だった)を経て、彼らはその過去をどう見るのか。まさに五人五様の受け止め方が描かれていました。

強烈だったのは、ブライアンの娘が交際相手の日本人をホームパーティに招くところ。この作品ではかなり痛烈な日本人に対するヘイト表現が出てきますが、舞台上で英語を解さない日本人は仮面をつけて出てくるという見せ方をしており、この演出が相当なインパクトがありました。その前段として「表情が読めない」と揶揄される場面があるだけに、まるでかれらにはこう見えているんですよとでもいうようなビジュアルにちょっと引いてしまう気持ちになったほど。どうせ聞こえていない、とその日本人の前でどストレートな差別用語をぶつけるシーンもあり、いやはや強烈だった。でもって、その仮面が外れるのが「彼が英語を話す」瞬間だというのがまたね。

鴻上さんがロンドンに留学していたとき、言葉が拙いというだけで周囲はその留学生を下に見る(もっとストレートに言えば「知能が足りない」と見る)けれど、実際に実践をしてみるとその言葉の拙い留学生がもっとも優れた結果を残すことに戸惑っていたと書かれていたけれど、それを思い出させるシーンだったな。

大戦中は日本も原子爆弾の開発をしていて、万が一にでもアメリカより先に開発に成功していたら、きっと戦争に使用しただろうし、その点においてここで描かれた開発者たちと日本人との間に倫理観に差があるのかって言われたら、私はないと思うと答える。でもそんなifにはほとんど意味なんてなくて、落とした国と落とされた国として、見える景色は全く違うんだということ、違うんだけれど、でもそれは永遠に平行線をたどるわけではなくて、いつか重なる時もあるんじゃないかということを考えたし、その可能性すら奪うのが戦争というものなんだとラストシーンは示しているようで、心のざわめく幕切れでした。

バラエティに富んだ顔ぶれが揃ってプロデュース公演の醍醐味を感じましたし、登場人物は多いながらもそれぞれのキャラクターがしっかり立っていて見やすく、濃密な2時間15分でした。ぜひともこの名作リメイクシリーズが今後も続きますように!