「ディア・イングランド」


ナショナル・シアター・ライヴ新作。サッカーイングランド代表とその監督であるガレス・サウスゲートを描いたもので、特にPK戦を苦手とするイングランド代表チームが2018年のワールドカップ、2020年(実際の開催はコロナで2021年にずれ込む)のユーロ、2022年のワールドカップをどのように戦ったのかに焦点を当てており、サッカー&演劇というある意味異種格闘技戦

何を隠そう、という出だしで始まる時は大抵何も隠してないことが多いですが、今回ばっかりは本当に何を隠そう、この3~4年私は楽しみの多くを欧州サッカーを見ることに費やしていて、かつどれほど費やしているかをSNSでは書かないようにしていたのでした。めちゃくちゃ詳しいわけではもちろんないけど、少なくとも本作で出てきた選手たちの実際の顔が浮かぶし、取り上げられた試合の結末も知ってるしという状態。それが演劇になってナショナルシアターライヴで観られるっつーんだから、そりゃ飛びついちゃいますよね。

日本代表の選抜でも、現在欧州のクラブチームで第一線で活躍している選手を招へいするかどうか、みたいな話題があがることがありますが、今作でも「代表選抜は選手にとって諸手をあげて歓迎することばかりじゃない」って話が語られてましたね。実際、現在プレミアリーグは世界最高のリーグと言われており、中東の資本が入ることによってマジで札束でぶん殴って世界中の有力選手を獲ってくるというような状態。その高騰する移籍金や給与は代表に参加する間もクラブチームが支払うわけで、代表=名誉ではあるけれど、すべての選手が代表活動を優先するわけでもない。

世界最高のリーグを抱え、フットボール発祥の地であるにも関わらずメジャー大会で結果が出せず、求心力を失いつつあるイングランド代表を、サウスゲートがまず精神面から立て直していこうとするところ、そして何より、ロシアワールドカップに始まり、カタールワールドカップの優勝という目標までを、イングランド代表復権のひとつのナラティブとして語ったのがほぉ~~となりました。PKへの取り組みはそのひとつの足掛かりというわけ。

スポーツは筋書きのないドラマ、とはよく言われる言葉ですが、筋書きがないからこそありとあらゆるスポーツにおいて、その選手、チーム、個人のナラティブを見出そうとしてしまうの、すごくよくわかるんですよね。でもって、それはほぼ、実現しない。ほぼ実現しないんだけど、でも、100%実現しないわけでもない。だから夢を見ちゃう。その繰り返し。

ロシアW杯でPK戦の呪縛を破り、ベスト4まで進んで対戦相手はクロアチア、行ける!と思ったところで敗れるのも、2021年に開催されたユーロで決勝進出、しかも場所はホームウェンブリーという絶好の機会にPK戦で敗れるのも、カタールW杯で最強フランスと準々決勝で対戦し、ハリー・ケインがPKを外してしまって敗退するのも…落胆、絶望、でもそのあとには「いつか」のための物語の途中であると夢を見てしまう。そういう、思い描いた物語にはならない残酷さと、それを受容するための過程を見せてもらった芝居だったなと思います。

個人的にいちばんぐっときたシーンは、ラッシュフォードがPKの前に「いつものルーティーン」をしたかどうか気に病み、それをカウンセラーのピッパと、祖母の名前を唱え、かかとを鳴らし…。あそこでピッパが祖母(とラッシュ)に語る言葉、よかった。でもって、世界中のサッカー選手のなかのエリートオブエリートのような選手たちにも、そういう心の揺れがあるという繊細さがすごくよく出ていたシーンだったと思う。

実際のところ、私はサッカー選手ほど激しい毀誉褒貶に晒される職業はないんじゃないかと思っていて、もちろんどのスポーツだってそういう面はあるけれど、「1点」が重いサッカーというスポーツでは昨日と今日で評価が180度反転する、みたいなことが日常茶飯事なんですよね。ユーロ決勝でPKを失敗したサカやラッシュ、サンチョが凄まじい人種差別に晒されたのも、その激しすぎる毀誉褒貶の一面に違いないんだけど、でもほんと、彼らはまだ20代、サカに至っては当時10代の若者なんだよ。サウスゲートがピッパのようなメンターになりうる人材をチームに入れたのは、間違いなく慧眼だったと思わされます。

ロッカールーム特有の縦型の箱をうまく使ったセット、よかった。サッカーの試合の再現というよりはPK戦での心理描写が主で、それもサウスゲートの過去からの物語として描くのでどうやっても肩入れしちゃうやつでしたね(サウスゲートが自らの過去を語るシーン、もらい泣きしかけたわ)。出てくる選手も絶妙に似ていて、というかまずジョセフ・ファインズがサウスゲートに似てるし、ハリー・マグワイアとか激似すぎてビビるレベル。あとスターリングは体形も似てたな。それからハリー・ケインですけど、劇中の彼を見ているとなんか人柄でチームを引っ張っていくタイプ、みたいに見えるけどああ見えてあの人マジでとんでもない(プレミアリーグ得点王3回、2018年W杯得点王、イングランド代表最多得点記録保持者)選手で、だからこそあの「いつも決めてるのに」がねえ、胸を刺すんですよねえ。

今年はユーロ2024がドイツで開催されますが、イングランドはフランスと並んでタレント揃い、これで優勝しなけりゃウソ、というようなメンバーが揃う見込み。もしかしたらサウスゲートの最後の大一番になるかも。彼のナラティブがここで完成するのかどうか、普段サッカーを見ない方もぜひ追いかけてみてはいかがでしょうか。