「アイアンクロー」


ネットで見かけた感想で「ザック・エフロンの演技がすばらしい」との評を見て、おっじゃあ見てみたいなと思って足を運んできました。プロレスはまったく未知の世界でモデルとなったフォン・エリック一家のこともガチでミリしら状態。監督はショーン・ダーキン

必殺技「アイアン・クロー」の開祖であり、プロレスでの世界チャンピオンをかつて夢見た父と、その息子たち。何をするにも「男子たるもの」という言葉が前置きされそうな家庭において、それでも家族と兄弟を愛していたケビンであったが、その思いとは裏腹に一家は想像を絶する過酷な運命に翻弄されることになる。

トキシック・マスキュリニティという言葉はこの時代、まだ一般的でなかっただろうし、たとえ一般的であったとしても、その言葉を一家の長である父は受け入れなかっただろうと思わせる、家父長制ど真ん中の父親の圧がすごすぎる。かなり冒頭の、朝食を食べながら4兄弟について「期待値の順」を意気揚々と話すさまにのっけからうへえ、となってしまった。映画は次男(実質長男)のケビンの視点から描かれるんだけど、苦しいのは彼はこの家族を愛してたってことなんですよね。父も母も愛してたし、兄弟を愛してた。たとえ兄弟同士で競わせるような親であっても、期待にそぐわなければ切り捨てるような親であっても、そして真のSOSを見逃して、「兄弟同士で解決しろ」と問題に向き合おうとしない親であっても。

あの父親はあれが愛だと思っていたのかなあ。思っていたんだろうなあ。足を切断する怪我を負い、それでもなおリングにカムバックした息子にさえ、「もう休んでいい」とは言わず、昏睡状態から戻ってきた息子にさえ、「いつ戻るか」しか言わせなかったとしても、それが男親の愛情たるものと信じてたんだろうな。子供と自分は違う人間で、違う人生があり、父の夢のために生きているわけではないということを、真にはわかっていなかったんだろうな。

見ていて思ったのは、ケビンが恋人のパムと初めてのセックスに及ぶ場面。積極的なパムにケビンは「経験があるのか?」と聞き、パムは思わず気色ばむが(そりゃそう)、そこでケビンが素直に自分は初めてだと告白する。あそこが彼の命のターニングポイントだったんじゃないか。あそこで経験がある振りをするでなく、パムをさげすむポーズをとるでなく、ただ自分が「強い男」の土俵から降りられるひとを見つけたことが、ケビンが生き延びられた理由のように思えてならない。

それにしても、兄弟のすべてを不慮の死で亡くしてしまうとは、想像を絶する。なんとなく一家に悲劇が襲い掛かる展開を予想していても、それにしたってあまりにもあまりすぎた。ケリーの亡骸を運び入れて、そこでケビンが思い描く、「むこう」岸での兄弟の再会はあまりにも痛切。アランのバンドのライヴをめぐるエピソードとか、兄弟たちは決して力弱い弟を馬鹿にしたり切り捨てたりせず、弟として愛を注いでいたことがわかるだけに辛い。でも、だからこそ、ラストシーンの子供たちとの会話に、失ってしまったものはもう戻ってこないけれど、それでもつながる何かがあると示してもらえたようで、たまんなかったですね。思えば、ケビンの「泣き顔」はあのラストシーンだけなのだ。男は涙を見せるななんてほんとクソだ。でもケビンはちゃんと息子に「いいじゃない、みんな泣いてるよ」って言ってもらえる。そういう家族を作ってきたから。呪縛を解くのは自分自身にしかできないことなんだってことをしみじみ考えちゃいますね。

ザック・エフロンすばらしかったね。各演技賞にノミネートされてないのが意外なくらい。キャストみんなよかったなあ、お母さん役の人、どこかで見た…と気になってたんだけど、とあるシーンで「ERのアビー・ロックハートじゃん!」と思い出してスッキリ。いやー精神的にキツイ部分もあれど、良い映画でした!