「オッペンハイマー」


クリストファー・ノーラン監督新作、第96回アカデミー賞作品賞・監督賞受賞作品。主演男優賞をキリアン・マーフィー、助演男優賞ロバート・ダウニー・Jrが受賞したので、主要賞総なめの感ありますね。全米公開から遅れることなんと8か月!「原爆の父」を扱った作品だからなのか、本邦での公開がなかなか決定しないなどの紆余曲折もありつつ(ビターズ・エンドさんありがとう!)、最終的にオスカー受賞を当て込んだ公開みたいなタイミングになったのはよかったのかどうなのか。

マッカーシズム、いわゆる「赤狩り」が吹き荒れた時代に、近親者に共産党員がおり、過去にオッペンハイマー自身も集会に参加したことがあることをほじくり返され、公職の任を解かれたその追及のさまと、オッペンハイマー理論物理学で頭角を現し、ナチスドイツが開発を進めていた「新型爆弾」に対抗するために軍が立ち上げた「マンハッタン計画」のリーダーとなり、ロス・アラモスで世界最初の核実験を成功させるまでが並行して語られます。カラーパートとモノクロパートがあり、カラーパートは「核分裂」、モノクロパートは「核融合」のタイトルが出て、単純に時制でモノクロとカラーをすみわけているわけではなさそう。

私は時系列が前後したり交錯したりする書き方に耐性があるのか、単に好みだからなのか、本作での過去と現在と現在の中で語られる過去、みたいな見せ方は大好物だし、さらに今作は最初と最後がリンクする(なので最初の5分を見逃すと結構つらい)構成で、わしの大好きなやつやんけ…となったことを告白しておきます。加えてちょっとしたサスペンスの要素もあり、180分間集中して観られたなと。オッペンハイマーを追いやるための聴聞会と、彼を追いやったストラウスが商務長官に承認されるための公聴会を主軸にしており、劇中でなんども「これは裁判ではない」と皮肉めいて語られますが、ある意味法廷ものジャンルの描き方に似ていて、それも私の好みに合ったのかもしれません(法廷もの大好きっ子)。ヒル博士の証言のくだりなんて、まさに法廷ジャンルの醍醐味というような登場ですもんね。

原子爆弾を主軸に語る作品である以上、そして劇中でそれが広島と長崎に投下されるプロセスが語られる以上、この映画に対して被爆国に生まれた者ならではの感情はもちろんありますが、少なくともこの映画は「原子爆弾とそれを開発した者」に対して真摯に向き合っているので、そこに不快感を感じることはなかったです。我々にとって8.6と8.9は何かの終わりであるわけだけど、アメリカにとってはそれは終わらない核開発のゴングであって、さらに言えばアメリカはあの瞬間からずっと大小さまざまな「戦争」に片足を突っ込んだままであることを考えてしまいます。アメリカにとって原子爆弾は、当初はナチスドイツへの、その後は共産「主義者」との競争を制するための手札であって、重要なのはどのように強力な手札を手に入れるかだったし、日本はその強者同士の争いの中で踏みにじられた弱者であったってことなんですよね。でもだからこそ、踏みにじられた側がこの映画に何を思うのかっていうのは我々だけしか語れない言葉でもあるはずなので、やっぱり日本で公開されたことはよかった以外のなにものでもないと私は思います。

オッペンハイマーが実際にトリニティ実験のあと、そして広島・長崎への投下のあと、どれだけ後悔の念を抱いていたのかっていうのは誰にもわからない。大統領に「私の手は血塗られたと感じる」と言ったのは本心であろうし、より強力な水爆の推進に反対の立場をとったのも過去への後悔があったのかもしれないけれど、でも後悔だけではなかっただろうとも思う。私が唯一この映画に対して複雑な感情を抱いた点があるとすれば、ノーランがIMAXフィルムで撮影したトリニティ実験による圧倒的な原子爆弾の威力を描くさまが、この映画における「映画としての魅力」に直結しているところかもしれません。あの瞬間はオッペンハイマーにとっても、確実に栄光の瞬間であったはずなんですよね。そして、人間というのはその二つの相反する思いを共存させられる生き物なんですよ。本当、人間とは誠に多面体。

先日拝見した舞台「イノセント・ピープル」がまさにこのロス・アラモスにいた研究者たちを題材にした芝居だったので、ニューメキシコ州の砂漠の真ん中に町を作る様子や、あの瞬間を縁に結びついたブラザーフッド的なものをこの映画でさらに多角的に見られた気がして、私にとっても結果的にいいタイミングでの公開になりました。

それにしても、端から端までキャストが豪華すぎてすごかったですね。キリアン・マーフィーもちろん圧倒的によかったですが、彼に対峙し圧倒的小役人ぶりを見せつけるRDJもすごかった。本当に一瞬ですがトルーマン大統領をゲイリー・オールドマンがやってんのもビビったし、エミリー・ブラントマット・デイモン、フローレンス・ピュー、ラミ・マレック、ケーシー・アフレック、デイン・デハーンジョシュ・ハートネット、そしてケネス・ブラナー。みんなノーランと仕事したさすぎてキャスト一覧がわけわかんないことになりすぎてた。

それにしても、ワーナーはこれまでノーランとの蜜月を長く続けていたのに、TENETで袂を分かってノーランがユニバーサルに移り、最初のこの「オッペンハイマー」でオスカーを獲るという…いやコロナ禍での劇場公開するかどうかの判断なんて、神でもない限り見通せない話だし、ワーナー的には逃した魚は大きいと感じているのかどうなのか。復縁希望なんて話も聞きますし、ノーランの次回作のスタジオがどこになるかも含めて楽しみです。