「ロンサム・ウェスト」

長塚さんの演出じゃないマクドナー、思えばお初でした。どこか「ビューティ・クイーン・オブ・リーナン」と似た感触のある作品だなあと想いながら見ていたんですけど、ほぼ同時期に書かれた作品だったんですね。

田舎町に住む兄弟が葬式から帰ってくる場面から物語は始まります。登場人物はこの兄弟とその街の神父、そしてその街で密造酒を売って稼ぐ少女。神父はこの街に潜む殺伐とした空気に、よき隣人としての愛のなさに、心を痛めないではいられない。かくいうこの兄弟たちも自身の父親の葬儀から帰ってきたばかりだ。だがそこに、父を喪った悲しみは微塵もない。

兄弟のやりとりはすべて、どこかばからしくも、おかしくもあり、ほんの少し匙加減が変われば「ほほえましい」という形容詞だってつけられそうな空気がある。勝手に酒を飲まれないよう黄色いテープで缶をぐるぐる巻きにする弟、勝手に飲んで水を足す兄、ストーブにさわることを禁止する弟、家の保険掛け金をちょろまかす兄。だが、その少しの匙加減を「ほほえましい」から真逆に振り切るのはいつも兄のほうなのだった。弟の集めているマリアさまを溶かす、犬の耳を切り落とす、そして髪型をバカにされたからといって引き金を引く。「だめだ、おれはやさしすぎる」という弟の台詞のこっけいさとこわさたるや。これから、あの兄弟のバランスは絶妙な匙加減で均衡を保ち続けるのか、それともやはりいつか兄が振り切るのか。

最初に観たマクドナー作品が「WEE THOMAS」だったんですが(そういえばあれも、人間以外のものに執着するひとの話でしたね)、その頃に較べるとだいぶ翻訳の地に足がついてきたというか、いや私自分で原語読んでないのでなにを言えるわけでもないんですけど、翻訳物だというフィルターがどんどんかからなくなってきているな〜と思いました。今回は演出の小川さんが自ら翻訳も担当されてますが、兄弟のやりとりがすごく自然に耳に入ってきたんですよね。

自分の魂の救済を兄弟愛の目覚めにかけた神父、しかしその実彼は自分に向けられた真の愛情には気がつかないままだっていうね。いや、ここは弟の台詞じゃないけれど、魂の救済なんてそんなもの賭けられてもこっちはいい迷惑!と思ってしまうのもわかるよ。いい人なんだけど!悪い人じゃないんだけど!

粗野だけど愛嬌たっぷり、だからこそタチの悪い兄を堤さん、ずる賢く立ち回っているようでどこか抜けている弟を瑛太くん。ふたり、やっぱりどれだけ陰惨なことをしても役者として愛嬌と品があるので、きわどいやりとりもシリアスになりすぎずに観ていられるところがあったなーと思います。終盤の暴露合戦で1カ所瑛太くんの声がひっくり返り、そこにすかさず乗っかってしまう堤さんとか、リアル兄弟喧嘩のようで見事な呼吸でした。