「母を逃がす」大人計画

いやー面白かった、あまりにも完璧と言っていいほどに面白かったので、ここでごちゃごちゃ言ってもしょうがない、迷わず行けよ、行けばわかるさ的な感じに陥りつつあります実際のところ。ほんと行ける環境にある方は行けばいいと思う。以下ネタバレ。

ヤマギシズムをどこか彷彿とさせるような農業コミューン「クマギリ」を舞台に、その共同体の崩壊や仮想敵との対立が描かれているんですが、松尾さんの作品における「閉塞感」というのは精神的にも肉体的にもひとつのキーワードだと思うんですけど、ここまで「物理的な閉塞状況」を舞台にしているというのがちょっと新鮮でした。でもって、その物理的な閉塞状況にあるからこそなのかもしれないんですけれど、この登場人物たちの「この状況を何とかしてやろう」というベクトルが物語の中で縦横無尽に走り回っているような印象なんですよね。この人たちには諦めがない。諦める前の、受け入れて、飲み込んでいくまでの彼らのパワーは凄まじい。ただそのベクトルは皆微妙に歪んだり逸れたりしている、そして逸れたことによって衝突しあう。

確かに悲劇で、おおむね人間はどうしようもなく、思った通りの未来なんていつだってきたためしなんかないわけですが、それでも私が観劇後ものすごいパワーフル充電みたいな気持ちで劇場をあとにできたのは、この縦横無尽なベクトルの嵐にすっかりうたれてしまったからかもしれません。

そして何よりも、ほんとうに台詞がすばらしい!もう、全編パンチラインの連続である。キメ台詞、というのではなくて、何気ない台詞のひとつひとつまでが松尾スズキにしか書けない言葉で出来上がっていてしびれまくりました。葉蔵と万蔵、雄介の「友達」のはなし、「俺の父親の怖さに言及すんな」って台詞、そして最後のモノローグ。上演時間2時間半ぐらいあったのかな。こんなに時間が早く経ってしまった2時間半ってちょっとここんとこ記憶にない。

ゲストのいない、大人計画劇団員だけのキャスティングで、しかしそれが何よりの贅沢に思えてくるんだからすごいよなー。またこれが、1人1人言葉を尽くして語りたくなるほど見事だったんですよねえ。今までのイメージと違うという意味では近藤公園さんと少路勇介さんはまったくすごかった!え!あれが!公園さんなの!と最前列で思わず顔をガン見するシマツでした。またこのいかにも腹黒い、いかにもタチ悪い男がサマになることったら!少路さんはほんとすいません、最初しばらく気がつきませんでしたよ・・・あれ、この役者さんだれだっけ、えーとえーと他はみんな出てるから・・・もしや!?みたいな。

宮藤さんの葉蔵と良々さんの万蔵の関係は「二十日鼠と人間」を彷彿とさせるのだけど、そこにもう一枚かませてくるところがすごい。あのふたりの切迫した共依存ともいうべき関係、葉蔵が万蔵のことを「でかいほくろのようなものだ」というけれど、葉蔵が万蔵を支え続ける理由は果たして自分にとっての切り札としてだけだったのか、それとも違う何かがふたりのなかにはあったのか。あの万蔵の首から提げた札が別の意味をもって見えてくる展開にはしびれました。それを演じるおふたりも最高でしたホントに・・・!宮藤さんの舞台の上での佇まいには惚れずにいられないというか、なんなのあのフェロモンは!身悶えするわ!

蝶子を送るシーンの池津さんのすばらしさ、猫背さんの哀愁、村杉さんは舞台を見るたびに思うけどほんとなんなんでしょうあの2枚目感。バイト君の面影どこにもない。そうそう、宮崎吐夢さん最高だったな!あのNINEの「CINEMA ITALIANO」*1で踊るとことか、一緒に踊りたいぐらいでしたマジで(笑)

私は舞台の上で、客席も共演者もお構いなしというような強引な力で役者が舞台を動かす一瞬、みたいなものが三度の飯より大好きなんですけど、阿部サダヲという役者にはその圧倒的な牽引力を自在にコントロールする力があって、この舞台でもその阿部サダヲならではの押し芸を堪能させてもらったなあと思います。でもって、押し芸とはまったく違う佇まいで一瞬で舞台をさらうのが松尾さんなんだよな。だって松尾さんが出てるシーンて、松尾さんばっか見ちゃうもんねえ。

カーテンコールってもの、を逆手に取ったようなカーテンコールにいたるまで、ほんとにあっという間で、でもものすごい充実感だったなあと思います。カテコで宍戸さんを紹介した吐夢さんのことばに大ウケして、腕で顔を隠しながらいつまでも笑っていた宮藤さんにきゅんきゅん爆弾をくらいまくりましたが、そしてサダヲちゃんのニッとしたたくらみ笑顔に撃ち抜かれまくりましたが、そんなこんなも含めて、芝居を観ることの喜び、というやつに浸りまくった2時間半でした。

*1:このケイト・ハドソンのシーンを使ったトレイラーを松尾さんか大根さんかが激賞していた記憶が。NINEいちばんの名場面と言っても過言ではないかもw映像はこちら