「パン屋文六の思案」NYLON100℃

「犬は鎖に繋ぐべからず」がもう7年前なんですね。「続・岸田國士一幕劇コレクション」ということで「麵麭屋文六の思案」「かんしゃく玉」「恋愛恐怖病」「ママ先生とその夫」「世帯休業」「長閑なる反目」「遂に『知らん』文六」…えーとこれだけでよかったかしら。これらの作品を並び替え、再構成してみせる。「犬は鎖に繋ぐべからず」がすごく好きだったので、今回も楽しみにしていました。

幕切れの鮮やかさなんかでは「犬は〜」のほうがより鮮烈な記憶で残っているんですけど、今回も面白く拝見しました。確かにちょっとお尻は痛かったですが(笑)これ今、岸田國士のこれらの作品ってもう版権が切れているので、青空文庫で簡単に読めるんですよ。それで、その元の戯曲を見ると、当たり前だけど基本、そのまんまなんですよね。で、実際戯曲を目にすると、ああこれがあんな風になるのか…!やっぱすげえな演出家って!と改めて感じ入ってしまいますね。平面を立体にしていく作業のなんと困難で甘美であることか。

個人的に「恋愛恐怖病」がすごく好きだったんですが、でもそれはこの芝居における植本潤さんが異常に好き、っていうのことなのかもしれません。ここに出てくる男と女は「恋」という文字を挟んでぐるぐるとその周りを回っているんだけど、女が一歩踏み込んだあと、男が「そんな平凡なことをいう女だったなんてがっかりだ」みたいなこと言うんですよね。それに対して女が返す「人間は誰でも、男でも女でも、真剣になると平凡よ」という台詞のパンチラインぶりったらなかった。

「長閑なる反目」の、みのすけさんがやった野見という役がもう、ほんっとひっどい男なんですけど(ざっくり言うなら腰の低いジャイアン)、みのすけさんがやると「腹立つ〜!」と思いながらあのあっけらかんとした佇まいに騙されそうになっちゃうからこわいこわい。「ママ先生とその夫」はとにかく松永玲子さんが素晴らしかったなー!きりっとした佇まいも、年下の夫を甘やかすそのなんともいえない甘さも絶妙でした。それにしても「あなたの我が侭が私にはだんだんありがたくなってくるんですよ」「あなたの欠点という欠点に惹きつけられていくのはどうしたわけでしょう」って、すげえな、岸田國士!さすが岸田戯曲賞!(の元になった人!)

この岸田國士のシリーズというか、ケラさんが手がけるのは二作目ですが、この中にあって植本潤さんの輝きってやっぱりときめかずにはいられない。前回の「屋上庭園」今回の「恋愛恐怖病」、いずれも今だったら「こじらせ」みたいな一言で片付けられてしまうかもしれない青年の葛藤、見栄や嫉妬やそういったものを悟られまいとする矜持みたいなもの、そういう揺らぎを演じさせたらほんと天下一品ですよね…!着物の所作の板につき具合といい、時代がかった台詞をするっと聞かせてしまう声、台詞術といい、もうぞっこん。ぞっこんです。

今回は「においシート」もあって、劇中で4カ所こしこしと指でこすって匂いを嗅ぐっていう、あれも面白い経験でした。最初はそこで観客の集中が切れちゃうんじゃないかなんて思ったりしたけど、やってみると意外とそうでもない。

ケラさんはまだもう1本、円形でのお仕事が決まっているとのことですが、ナイロンで円形はこれが最後。円形って座る場所によって役者の表情が見えたり見えなかったりするけど、それがひとつの面白さでもあって、それでこの日芝居を観ながら、そう言えばこんな風に台詞を言っている役者の背中を見ることができるっていうのも円形ならではなんだよなあって思ったなあ。背中越しに聞くから伝わってたこともいっぱいあったんだなあ。あと何回通うことができるかわかりませんが、できるだけ沢山のお別れの機会があるといいなと思っています。