「頭痛肩こり樋口一葉」

井上ひさし御大の代表作のうちのひとつにして、こまつ座旗揚げ作品。初見です!こんな有名な作品なのに今まで見たことなかった!安野光雅氏のイラストが配されたチラシは何度も拝見した覚えがありますけども。

樋口夏子(一葉)が19歳の時から、亡くなるまで(亡くなってから)の7月16日、盆参りの1日を舞台にするという、演劇ならではといえる構成。暦年の中のある1日だけを切り取るって、かつて三谷幸喜岸田戯曲賞を獲った時の野田秀樹の選評「花見の場所取りのうまさ」を思わせる。夏子がまだ何者でもなかった時代から、何を経て「樋口一葉」に辿り着いたのか。描く場面が限られているので、たとえば半井桃水との恋模様や、「大つごもり」や「にごりえ」が世間に受け入れられた様子などは直接描写されない。しかし、1年、また1年と夏子が何を諦めて何にしがみついて生きようとしていたかは、定点観測だからこそ伝わるものが大きい。

登場人物は全員女性で、それぞれの女としての処世術がまったく異なるのも面白かった。世間様第一のものもいれば、夫によって苦しめられる妻もあり、夫を助けようとして苦しむ妻もあり、女というだけで押し込められる生き方に反発するものもあり。このあたり、約40年前に書かれた戯曲であっても、今でもまったく有効な描写があるところが、なんだか悲しくなってきちゃいますね。「えーこんな時代もあったんだー」ぐらいに振り返るようには、まだまだぜんぜんなってないものね。

この夏子の物語に花蛍という幽霊を絡ませ、かつその花蛍の復讐譚が思わぬ着地を見せるところはさすが御大だなあというところ。そんなこんなで、戯曲としては大変おもしろく拝見したのだが、演劇として沸き立つものがあったかというと、そこが若干微妙という感じになってしまった。もともと御大の戯曲、すごくフィットするときとそうでないときがあって、加えて演出家との相性も合わない時はホントに合わないので、それも要因かな~。

しかしキャストはなべてすばらしく、わけても若村麻由美さんは観るたびに印象が異なるというか、変幻自在なのに決してオーバーアクトではないっていうのが素晴らしい。この戯曲、それこそ一度女性演出家で見てみたいな。また違った樋口一葉像が見られるんじゃないかと思うんですけども。