「十二人の怒れる男」

レジナルド・ローズの脚本、シドニー・ルメット監督の手による同名の映画があまりにも有名なこの作品。法廷もの、密室劇の白眉中の白眉といっても過言ではない。私の父がこの作品が大好きで、私も夢中になって見た思い出があります。「合理的な疑い」というこの一点を焦点に、黒が白に反転していく、しかも2時間の間徹頭徹尾、台詞、台詞、台詞の応酬!私の裁判ものや法廷もの好きの原点といってもいいぐらい。

今回は演出にリンゼイ・ポズナーを迎えて、シアターコクーンでは11年ぶりの上演とのこと。四方囲みの舞台、長方形の机と椅子のセット、美術も基本的に映画版を踏襲しているし、あの飛び出しナイフをめぐる場面の見せ方(8番、3番、5番にナイフを扱う場面があるが、そのどれもがこの作品のエポックなシーン)も映画版にならっているので、演出的に目新しい、と思う場面は特になかったんですが、そのぶん12人の役者の仕事師ぶりを集中して堪能できました。

この作品では場面場面でリレーのようにバトンを繋いでいく役割のキャストと、マラソンのようにずっとエンジンを回し続ける役割とがあって、後者の筆頭はもちろん8番なんだけど、もうひとりが3番なんですよね。この3番に山崎一さんをもってきているのがもう、大正解つーかさすがの慧眼つーか。彼は最後の最後まで8番に対峙する役割で、かつかなり露悪的ではあるけど、10番ほどわかりやすく観客のヘイトを溜めず、とはいえ最後まで逆張りし続ける説得力もなきゃいけない。山崎さん、絶妙のラインで芝居を牽引しており、本当唸るしかないという感じでした。

10番の吉見さんは終盤、あまりにも悪辣なヘイトをぶちまけ、レイシストとしての顔を隠そうともしないところがあり、これまた難しい役どころだけど、声がね、ほんと、仕事する。むちゃくちゃ声がいい。ここぞという場面の9番青山達三さんと並んでマジで声がいい仕事しすぎでした。あと知性派4番の石丸さんもよかったー眼鏡ーーありがとうございますーーーこの人も声がめっちゃ仕事してたね。正面席後方で見ていたので、よけい声のインパクトのある方に引っ張られた感はあったな。

11番の三上さん、5番の小路さん、6番の梶原さんなんかは確実に出るべきところでしっかり出て、きっちり印象付けていくというベテランの腕の見せ所という感じ。11番の役はもとはユダヤ系の移民という設定なので、そのあたりが他の陪審員とのやりとりにどう出てるのかを見るのも面白いところ。私は5番が飛び出しナイフの持ち方を指摘するところがほんとに大好きで、この場面を今か今かと待ってしまう。

7番の永山絢斗くんと12番の溝端淳平くん、この座組にあってはかなり若手という印象になるけど、うおーもうちょっとがんばれー感があったのは否めず。いやまあ、周りが変態的にすごいのばっかりなんであそこで抜きんでるのはなかなか難しいよね。

この映画を家族で見ていたときに、母が(8番をやっている)ヘンリー・フォンダの役回りがカッコよすぎて鼻白む、と言っていたんですけど、そうなのよね!これ、8番かっこよすぎんですよ!(三谷さんの『12人の優しい日本人』はそこんとこむちゃくちゃうまく処理してるといえる)でもって8番のやってることって言うまでもなく陪審員の仕事ってより弁護士の仕事なんだよね!でもいい!なぜか!堤真一がかっこいいから!!白ジャケットの祭先輩、もうそれだけで祭りだから!!カッコいい人がカッコいい役をやる、これ即ち正義です。あの声とスタイルで「話し合いましょう」「合理的な疑いの余地はないと言えるんですか?」それを2時間浴びっぱなし。いやもう、さあ、殺せえ!ってなる。なります。最初の第一声で思わず「ほぅ…?」と心の碇ゲンドウが登場したことをここに告白しておきます。12人のスーツの着こなしも個性爆発で、目も耳も満足な観劇でした。