「シャドウズ・エッジ」


監督・脚本ラリー・ヤン。まったくのノーマークでしたが、公開後に好評を小耳に挟みまして、調べてみたらわりと行きやすい場所で上映されてる!ってことで急遽出かけてきました。いやー雰囲気ある映画館だったな桜坂劇場

2007年の映画のリメイクだということですが、さすがというかなんというか、リメイクされるだけのことはある、脚本がまず骨太で面白い。いままで尻尾を掴ませなかった「影」と呼ばれる男をリーダーとする犯罪者集団に対し、アナログな時代のアナログな操作手腕を買われて引退した刑事が担ぎ出される。追いかける者と追われる者の丁々発止のバトルが頭のてっぺんからつま先までぎゅうぎゅうにつまりまくってました。

そのバトルも、肉弾戦はもとより、パルクールを用いた華麗な逃げ、AIを駆使した現代的な情報戦がありつつも、潜入捜査もかくや、な相手の懐に入って情報を得ようとするスリリングさまであって多種多様で飽きさせないのがよかった。あと「影」側にも、警察側にも、あからさまな無能がいないのがすばらしい。研ぎ澄まされた手練手管の応酬ばかりで見ていてノーストレス。

「影」をやったレオン・カーフェイ、すばらしかったなー!こういう映画は結局のところ、悪役がいかに輝くかで決まる、みたいなところありますよね。むちゃくちゃ悪い、むちゃくちゃ怖い、なのにどこか「魅力(チャーム)」がある。これを成立させてる時点で勝ったも同然でしょこれ。あの容赦のなさ!ヤベエよホント。熙旺と熙蒙との関係性の描き方のねっとりぶりもよかった。なんだあの髭剃りシーン。トワイライトウォリアーズといい、香港映画は髭剃りにサブテキスト盛り込み過ぎだと思う!いいぞもっとやれ!

それにしてもツー・シャーさん、見ている間じゅう「こ、これは金城武…?いや年齢的にそんなわけは…それにしても似すぎ…」ってぐるぐるしちゃいました。

対する警察チームを「追跡班」として鍛え上げる黄刑事をジャッキー・チェンが演じていたわけですが、あくまでも追跡者のプロとしてチーム戦を前面に出した展開だったのがよかったし、とはいえ「みんなこれ見たいよね!」っていう、ザ・ジャッキー!なアクションシーンもしっかりあって全方位隙がない。レオン・カーフェイとのバトル、見応えあったなー!ジャッキー71歳、レオン67歳。すごすぎる。若い者には負けへんですぎる。

なんだか「その後」を匂わせまくったエンディングだったので、これ続編あるやつか~!ってなったけどどうなんでしょうね。続編イケそうなポテンシャルは十二分にありそうですけれども!

「ズートピア2」


大ヒットした1作目からはや…って書きかけて、何年前だっけ?ってwikiみたら第1作の公開が2016年でひっくり返りました。そんな!?そんな前!?なんか5年前くらいのイメージだったけど…!?全米はじめ世界中で大ヒット中です。もちろん日本でも。

動物たちが高度な文明を築き上げて暮らすズートピアで前作の事件後、警察学校を卒業して晴れて警察官となり、ジュディとバディを組むニック。ふたりが事件の影で見つけた爬虫類の痕跡から、ことはズートピアの「はじまり」にまで広がっていく…というストーリー。

見ていて思ったけど、今回はかなりプロットが複雑というか、因果関係がいまいちスッと飲み込めない部分があった気がするな。前作は「草食と肉食」っていうイメージしやすいテーマが前面にあって、持っているイメージが偏見に繋がることやどんでん返しの鮮やかさまで巧みだな~!と唸った印象があるけど、今作の爬虫類への迫害のイメージとか(カメを殺したことがなぜ爬虫類への迫害につながるのかうまくのみこめず)、「住んでいる土地を奪われる」ってことへのアンチテーゼが大きな主題だとは思うけど、リンクスリー家のツンドラタウン拡張も「それありき」で話が進んでいて、それを止めようとするニックとジュディ、ゲイリーらとのエピソードとうまく絡んでいなかったような印象。

すげー細かいことだけど、ニブルスたちの捕まってた牢の描き方の甘さとか、そもそも陰謀論者ぽいニブルスが後半急にチームの一員に食い込んでくることとか、細部にんん?と思っちゃう要素があったのは個人的には残念ポイントでした。

一方で、ジュディとニックがいかにお互いへの信頼を取り戻していくか、という「ふたりのコンビもの」としては楽しい場面がたくさんあり、ファンムービーとしてはとても面白かったです。途中、あーーーーっ!あーーーーーーーっ!!ニック様!!!そ、それ以上は!え?ホントに?ホントに言っちゃうんですかああああ!!!みたいなシーンまであってきゅんきゅんしました。

まだまだ続編作れそうな素地があると思うので、警察署の「チーム」としての活躍もあればいいのにな~。せっかく認知されたキャラクターがたくさんいるわけだし、今回もナマケモノさん登場場面とか最高によかったし、ニックやジュディが「仲間」と関係を構築するところとかも見てみたい気がします!

「羅小黒戦記2 ぼくらが望む未来」


映画の1作目がもう6年前ですってよ!2が公開されるのぜんぜん知らなくて、TLでかなり評判が高いのを見てこ、これは行かねば!!と出かけてきました。最初に言っておくけどむっちゃくちゃ面白いのでなんなら1見てない人にもおすすめしたいくらい。私は1も大好きだけど、自分の好みというか嗜好には2の方がドンズバだった感あります。いやマジでもう1回見たいくらいだよーーー

ムゲンとシャオヘイの日常(鍛錬)風景からはじまり、穏やかな世界…かと思いきや一転、妖精たちの集う流石会館が襲撃され、館長である大松が倒される。呼び出されたムゲンとシャオヘイは、集まった長老たちから大松を倒したのはムゲンであるという疑いがかけられていると聞かされる。ナタのもと軟禁されるムゲンと別れ、姉弟子ルーイエと共に師匠にかけられた疑いを晴らすべく動き出すシャオヘイ。一方、会館を襲撃した連中は妖精たちに対し強力な武器となりうる若木を強奪していたことから、長老たちは若木の奪還作戦を遂行する。

前作はいわばシャオヘイのオリジンであったので、あくまでもシャオヘイを中心に世界と登場人物を描いていたけれど、今作は妖精世界をふんだんに書き込んでいる背景がまず個人的に大ツボでした。そして「ひと」と「もの」の両面を追うストーリーテリングの巧みさにも唸っちゃいましたね。「ひと」を追いかけるルーイエの追跡方法もオリジナリティ極まっていて、まったく先が読めないし、方や「もの」を追いかける方は在処を掴んでからの展開にツイストが効きまくっててこっちも先読みできない。それでいてオフビートな笑いもしっかり仕込んであって全方位ぬかりない。アクションシーンの豊かさは1作目でもこの作品の大きなセールスポイントだったけど、今作も負けず劣らず、旅客機から乗客を助け出すという空中戦バトルから、ちょっと待ってくれムゲンあんた一体…!みたいな、ただただド強いみたいな描写まであって飽きさせない。タイマン勝負のスピード感、妖精ならではの手数のバラエティ、「物語」好き、アクション好きとしてはここまで丁寧にもてなされて、そりゃおなか出して降参のポーズ取るしかないですわ。

個人的にいちばんぐっときたのはルーイエの行動に異を唱えたシャオヘイが、それでもルーイエを助けに行くところ。ルーイエの行動は「目的は手段を正当化するか」っていう、古今東西繰り返されてきたテーマの一つではあるんだけど、シャオヘイはルーイエは間違っていると言い切り、でもそのルーイエの「間違い」は彼女を助けない理由にはならないってことなんだよね。白か黒かじゃないんだよ。彼女を助けて、それでまた喧嘩するかもしれないけど、だから何?っていうシャオヘイの真っ直ぐさ。

妖精会館に集う長老たちが揃いも揃って魅力的すぎて、ちょっとお!その長老たち同士のケミストリー的な何かもあるんでしょお!全部出しなさいよお!という気持ちがとどまるところを知らない今日この頃です。もちろんムゲンとシャオヘイの日常ももっと見たいよ。ルーイエとムゲンの過去エピだってもっと欲しいよ。いやマジでどこもかしこも掘り下げ甲斐しかないよね羅小黒戦記…これはもうTV版にも手を出すしかないかぁ~!となっている今日この頃です。

「チ。-地球の運動について-」

原作もアニメもまったく知らない状態でしたが(話題になっているのを見て、好きな題材だな~面白そうだな~と思っていた)、そこに舞台化の一報。また版権もの!多いな最近!とは思ったものの、演出アブシャロム・ポラック、脚本長塚圭史にキャストが森山未來窪田正孝、成河、吹越満とあまりの「好きしかいない」顔ぶれにチケット取るしかなかったよね。

いやーめちゃくちゃ面白かったですね。めちゃくちゃ面白かったです。帰りの飛行機でkindleで一気読みしました原作。こちらも最高に面白かった。原作の完成度が高いがゆえに、原作ファンの方が舞台を見たら食い足りない(描写が足りない)と思う部分はあるだろうな~と思うなどしました。でも舞台を先に見ても当然のように原作の面白さは1ミリも損なわれないし、なるほどここを切り取ったかという見方もできるし、何より舞台化にあたってしっかり誰にフォーカスを当てるかという点で一貫した脚本を書いた長塚さんはかなりいい仕事をしたと言えるのでは。

舞台においては演じる役者の個性や技量、力量というものが「物語」の上に乗っかる、乗っからざるを得ないので、「誰が」やるのか、というのは当然ながら非常に重要。この点、本作はノヴァクを一つの芯に据え、そしてそのノヴァクに森山未來をあてたという点がとにかく素晴らしい。森山未來、もう聞き飽きたよと言われるのを承知で言いますがこの人の初舞台を見たということを私は未来永劫自慢するつもりです。語ってよし動いてよし歌ってもよし。マジでできないことなんもない。あのノヴァクの底冷えするようなこわさも、その恐怖の裏にあるもろさも余すところなく表現していてたまんなかったね。今回、未來くんだけじゃなく成河さんや吹越さん、身体性の強い役者を揃えた甲斐あって未來くんと成河さんのマント翻しての立ち回りとかどんな御馳走!?みたいな場面まであって滾っちゃった。

見ながら、ここは原作ではもっと書き込みがあるんだろうなと感じたのはピャスト伯とドゥラカのあたりかな~。原作読んでなるほどこれはむちゃくちゃ名シーン!ってなったし、金星のとこ、実際舞台でやるとなったら難しそうな気もするが、あまりにも名シーンなので、ここをばっさりやった長塚さん逆に勇気あるなと感心した。

人間は「考えていること」で処罰されない、行動には自由とともに公序良俗に反しないという制約があっても、内心の自由は絶対。だからこそ「知」はどこまでも広がり得る。だからこそ、「感動」は広がり得る。その人の「考えていること」が罪になり得ると信じ、手を汚してきたノヴァクが、自分が正義の側の人間ではないと知り、知って散る展開、しびれたなあ。

役者陣もほんとうに全員隙がなく素晴らしかったね。ヨレンタの三浦透子さんもよかったよなー、彼女と未來くんのダンス見惚れちゃった。成河くんの曲者役者ぶりも如何なく発揮されてたし、窪田くんのオクジーも、原作とはちょっとイメージ違うけど清廉な雰囲気が活きてて、よかった。森山未來が素晴らしいのは、もう言わずもがなです!!!あんたはマジで国の宝や!!!

「チェーホフを待ちながら」

土田さんがMONOで上演した「チェーホフは笑いを教えてくれる」という作品があって、すごく評判がよかったのに拝見できなくて残念な思いをしたことがあるのですが、今回はその「チェーホフは笑いを教えてくれる」を下敷きに、ベケットの「ゴドーを待ちながら」の構造も取り込んで新たな作品として生み出したもの。キャストもとてもよく、これはぜひ見たいなあと足を運びました。やっぱねー、過去に「見たいのに見れなかった」っていう後悔は特にシアターゴアーの場合尾を引きがちよね。もう同じものは二度と見られないだけに。

チェーホフというと四大戯曲がどうしても取り上げられがちですが、私は「そうじゃないチェーホフ」を取り上げたり描いたりする作品がけっこう好きで、しかも今作はゴド待ちも下敷きになってたりして私の好きな小劇場の香りがする作品だったな。取り上げられたチェーホフの短編は「熊」「煙草の害について」「結婚申込」「余儀なく悲劇役者」で、とくに「煙草の害について」はこれを短編演劇で手掛けるひとが多いのもわかる面白さ。「結婚申込」も好きだったなー。

チェーホフのヴォードヴィルに足を運ぼうという観客なので、「湖」とか「桜」という単語にビビッドに反応して笑いが起こったり、ゴドーを待ちながらの構図を下敷きにしつつのゴドー役の登場がウケたり、土田さんの観客への信頼もしっかり感じました。

MONO以外の現場で金替さんを拝見したの初めてのような気がするけど、あの独特のトーンもそのままに、千葉雅子さんや山内圭哉さんらのグイグイ押してくる芝居をしっかり受けててよかった。昨年拝見した「殿様と私」もまつもと市民芸術館プロデュースでしたが、ほんといい作品を作るよね~。ホール自体はこれから改修時期になるようですが、また芝居好きの心をくすぐる作品を手掛けてもらいたいもんです。

「歌舞伎絶対続魂(ショウ・マスト・ゴー・オン) 幕を閉めるな」

表題からおわかりのとおり、三谷さんの東京サンシャインボーイズ時代の代表作(の中でも代表作)、2022年には豪華キャストで再演もされたので記憶に新しいかたも多いのでは。もとの副題は「幕をおろすな」だけど、今回は歌舞伎なので「幕を閉めるな」。三谷かぶきとしては2作目ですね。最初に言っておくと、この「ショウマストゴーオン」と「彦馬がゆく」が私にとっての三谷幸喜ベストワークス。それぐらい、思い入れがあります。

2022年の再演版も、オリジナルからかなり手が入っていましたが、今回はさらにいろいろな改変がなされていて、これはあの「ショウマストゴーオン」とは別物だな~という作品になっていました。別物になったのにはちゃんと理由があるというか、この座組でやるからこそ別物にした、と言った方がいいのかな。

オリジナルのショウマストゴーオンは、徹頭徹尾裏方の話であり、役者(の役)は出てくるけれど話の主軸はあくまでも「舞台に出ない人たち」にあります。それは、そもそも「ショウマストゴーオン」という作品自体の出自に関係があるというか、ロナウド・ハーウッドの「ドレッサー」という作品の一場面に感銘を受けた三谷さんが「この場面だけで1本書ける」と思って書き上げたのがオリジナル版なんですよね。それはもともとの作品では「バーナムの森を動かすんだ」から始まる一連のシーンなわけですが、言ってみればあの高揚がオリジナルの肝でもあるわけです。

しかしながら、この「歌舞伎絶対続魂」は、オリジナルでは「マクベス」となっている表の舞台を義経千本桜の四段目とし、かつクライマックスで「表の舞台を見せる」ところが最高の盛り上がるポイントになっている。出ている役者が全員歌舞伎役者で(そりゃそう)、表で進行している四段目の情景を観客が想像できるがゆえに、最後の最後に観客の「見たい」を叶える構図。

なので、そもそも作品としての力点も違えば、何を見せたいか、も違う。見ながら、なるほどこれは別物だなあと私が思ったのも無理からぬ話ではないでしょうか。

出ていらっしゃるキャストにしっかり個性と技量があるので、どんな登場人物にも一度はスポットライトが当たる三谷さんの作劇と歌舞伎の相性は結構いいんじゃないかなと思います。あまり元のキャストそのまんま、というわけではないけど、幸四郎さんと鴈治郎さんで相島さんのやっていた作家と西村さんがやっていた舞台監督の役割を分けていたような感じかな。唯一のTSB時代の経験者である阿南さんは善さんの役割に近い。というように面影はあちこち残るけれど、それよりも今の役者の個性にあてて書く、という部分がたくさんあったし、それによって染五郎さんや莟玉さんがしっかり輝いていたのは好印象。

人形浄瑠璃義経千本桜を見て大感激した座元が作者にナイショで伊勢の芝居小屋で歌舞伎として上演した、という舞台設定になっており(実際にwikiには歌舞伎としての初演は伊勢でと書いてある)、そこに作者である竹田出雲がやってきてしまう!バレたら上演中止待ったなし!という背景のドタバタさを加えるのは実に面白いアイデアだったなと思いました。この竹田出雲の弟子とみえて実は本人、というのを鶴松さんがやっておられて、そもそも演技力があるからあの場の勢いにのまれないクールなキャラクターで実によかったです。欲を言えば、それこそ「バーナムの森を動かすんだ」の場面のような、舞台人として竹田出雲が前向きにならざるを得ない一瞬をみせてくれたらもっとよかった。

キャストが発表されたときに、幸四郎さんが舞台監督(シンさん)かなあ~と思って、シンさん大好きな私としては幸四郎さんがシンさんのように輝くところを見たかった気持ちはあるけれど、ドタバタ振り回されつつも最後は源九郎狐として舞台に出ちゃう幸四郎さんが見れたのは楽しかったし、そこに獅童さんも加わってのダブル狐は問答無用にアガりました。

三谷かぶきは1本目が原作あり、2本目が過去の舞台をもとにしていて、いずれも三谷さんのオリジナル新作ではなかったわけですが、次あたりオリジナル新作を見てみたい気もするな。それも舞台が限定されたがっつり世話物とか。もしくは決闘!高田馬場の再演でもいいヨ!

「狩場の悲劇」二兎社

二兎社の新作で、原作はかのアントン・チェーホフが24歳のときに執筆したミステリー。もちろん読んだことない(胸を張るな)。今作は永井愛さんの手による脚色がなされて戯曲となっているけど、もとがミステリなのでいちおう「ネタバレ」というものがあるので、これから観劇する予定の方はご注意を。

とある夜中、予審判事のセルゲイが新聞社をたずね、仕事中の編集長に「ぼくの小説を読んでくれましたか」とたずねる。持ち込みと思しきその小説をまだ読んでいないと編集長はセルゲイを追い返そうとするが、彼は勝手に物語のあらすじを語り始めてしまう。それは彼の身に起きたとある恋模様の上に起きた悲劇だった…というあらすじ。

セルゲイの語る「事件の中身」の場面が、編集長の仕事部屋でセルゲイが語っており、都度第三者(編集長)からのツッコミが入るという構図にしたのがまず素晴らしいアイデアで、そこに(役者が)いるけどいない、という演出がスッと飲み込めるのも演劇ならではの見せ方で実によかった。でもって、この構図がこのミステリの「オチ」を補完する役割も担っていて、さすが永井さんである。

病気の父親という鎖をつけられた、かごの中のかわいそうな小鳥とみえたオーレニカが、結婚という手段によって自己を開放するさま、無垢な少女が金と欲にまみれた俗物に変貌していくさま…と言ってしまえば簡単だけど、男性にとってのぞましい変化じゃないとこう描かれがちよね、と思うところもあったな。変貌したあとのオーレニカあまりにも露悪である反面、「無垢な赤いスカートの天使」というシチュエーションに男どもはコロッといきすぎで、この「昼間は少女、夜は娼婦」に夢を見る男の自業自得感も感じてしまった。ってこれは私が女だからの感想ではあるかもしれないけど。

セルゲイは言ってみればミステリ界における「信頼できない語り手」なわけだけど、その展開を陳腐なものに感じさせないのは、聞き手である編集長が「語りのすべての場面に立ち会う」という演出からきていて、かつそこでその編集長が「誰か」を示して一気に作品世界の軸がセルゲイから編集長であるチェーホフに移る、この展開は気持ちよかった。この作品のどこにチェーホフの作家としての、ひいては四大戯曲の萌芽を見るのか、という楽しみが一枚加わる感じ。

編集長役の亀田佳明さんの受けの芝居のうまさが実に光っていて素晴らしかった。退廃貴族っぷりが見事だった玉置玲央さん、門脇麦さんに代わり代役でオーレニカをつとめた原田樹里さんの芝居の確かさも心に残りました。