「イニシェリン島の精霊」


マーティン・マクドナー脚本・監督の新作です!すでに賞レースでも俳優各賞や脚本賞に軒並みノミネート。マジで脚本賞ノミネートの打率えぐい。「イニシュマン島のビリー」等でアラン諸島三部作となる予定で書きあげていたが未上演だった脚本がもとになっているとのこと。

アイルランド内戦が激化する一方で、イニシェリン島でいつもとかわらない毎日を過ごすパードリック。しかしある日突然、親友のコルムに絶交を突きつけられてしまう。お前のむだな話につきあって人生を棒に振りたくないと面と向かって言われてしまうパードリック。これ以上おれを煩わせると、おれの指を1本ずつお前に送りつけてやる。

まず私が心底すげえなと思ったのが、これ、ある二人の男がいて、その一方がもうひとりに突然絶交を突きつけるってだけなんですよね、物語の筋が。もちろんその背後にあるアイルランドの内戦とか、閉鎖空間での人間関係とか、そういうものがあるにせよ、大きなプロットとしてはその一点だけです。それだけでこんな緊張の糸がずっと張り詰めたような脚本、なんで書けるんや、ってことです。マジで筆力がありすぎる。大量破壊兵器も世界の終末も宇宙からの侵略者もなにもないが、しかし、たったひとりからの絶縁によって、世界はたやすく崩壊する、このイニシェリン島では。

コルムのやりようはあんまりだと思うところもあるが、しかしずっとそばにいるからずっとそいつのことが好き、というわけでないことは我々はみんなよくわかっているわけで、どこにも逃げ場がないからこそあんなやり方になってしまうってことなのかもしれない。それに、あの警官に殴られたあとのパードリックを助け起こし、馬車に乗せ、手綱を持たせてやるところ、あれ泣いちゃうよな、パードリック、そりゃそうだよ、ありがとうとも、殴った相手のことも話すことを許されないのになんなんだ、嫌いにならせてくれたほうがなんぼかマシ、そう思うよな…ってなっちゃったね。

映画評でも名前が挙がってたけど、ほんとケラさんの作品を彷彿とさせるというか、似てるとかじゃなくて、ケラさんが書いてても不思議じゃない、って感覚めちゃあったなあ。通奏低音のように戦争の足音があって、でもこの狭い世界の中ではその戦争によってではないドラマが進行するところとか。あと指のくだりとかどうしてもTHE BEE思い出しちゃうね(ほぼトラウマ)。マクドナー作品は長塚圭史さんがかなり初期から本邦上演やってくださったこともあり、親和性の高さを感じてしまう。作品のなかに「成就するロマンス」がほとんどないのも私との相性のよさかもしれない。

うっすらとみんなに死の影があり、湖のほとりでのシボーンとドミニクとか、もしかしたら「足を滑らせて」いたのはシボーンの方だったかも(あの後ろ姿のショットとか不穏そのものだったし)と思わせる。つーか妻、母みたいな立ち位置の女性が徹底排除されている作品でしたね。ドミニクの家にも母親はいない。あの父親との生活…彼はいつも「島いちばんのバカ」の顔をしていたけど、彼こそ、この島に深く深く絶望していたのかもしれない。

なにげに動物万歳的な映画でもあって、その中である動物の死をきっかけにコルムとパードリーの形勢が逆転するのがスリリング(教会での立ち位置も反転してる)。映画の冒頭、午後2時にパブへ誘いに来たパードリックが、今度は同じ午後二時にその家を燃やすというこの展開、しびれました。なんでこんなホンが書けるのか(2回目)。でもって、これであいこだ、いやお前は死んでないからあいこじゃないと言ったその口で、犬の世話をしてくれた礼を述べ、「お安い御用」と答える。濃密。濃密すぎる。もうふたりで永遠に指を送り合ってくれ。ただし馬や犬がまちがってそれを食べないように封筒にでも入れておけ(だからそれはTHE BEEだって)。

コリン・ファレルブレンダン・グリーソンもすばらしかったですね。マクドナーはわりと気に入った俳優と何度も組むタイプなのかな~。いやはや面白かったです。ドラマとしての濃度、真剣なだけにどこか滑稽さをにじませるやりとり、アイルランドの素晴らしい風景とともに堪能させていただきました!