・・・そこには、役者の情熱があって、熱気があって、独特の世界観がありました。勢いと速度と情熱の空回りもありました。無駄と無謀と懐かしさがありました。私はこの舞台を観終わったとき、「もしこれを「良し」としないなら、いったい何が自分にとっての「良し」なのかもうわからないなあ」と強く思いました。遊眠社での舞台を2回、今回のR.U.P版を2回観て、千秋楽で、初めて私は涙をこぼしました。初めてこの舞台に「触れた」気がしたからかもしれません。
正直、初演の遊眠社での舞台にあまり好印象が残っていなかったこともあって、なぜこの作品なのかなぁという気はずっとしていました。でも、10年前にはまったくピンとこなかったことが、今回の舞台を観てすとーん!と胸に落ちた気がします。「神様だって同じだ、この世の初めに取り返しのつかない大嘘を吹き上げてしまったんだ」とか、「私という馬鹿者を、忘れてしまう神ならいらない」とか、こんなストレートなこと、言ってたっけ?と改めて気がつくことが多くて驚いたり。万世一系の「番台」を20世紀の中に・・・なんて、ちょっと凄い事言ってるよなぁ。だ、大丈夫なのかなぁ(笑)
舞台としては、まずいろんなところで無駄が多かった印象がどうしても否めません。もっとシンプルにしていけば、絶対もう15分は短くできたはず。せっかくせりふのスピードは生かそうとしていたみたいなのに、速さと緩さがないまぜになってしまってどうも間延びした印象になってしまったなぁと。大阪で一回目に観たときは、大詰めの群集のシーンでいまいち迫力がなかったのですが、千秋楽は役者の気合が2階席にまで届くかのようで、一瞬10年前の舞台を観ている錯覚に陥りそうになりました。ああ、そうだよ、遊眠社の舞台ってこうだったよ!って感じ。ということは演出が野田さんそのままだったということでもあって、それもどうかなぁと思わないでもないですが(千秋楽以外はそれに成功していたとは言い難いし)、それでも私にとってはなんだか懐かしさを覚えてしまうシーンでしたねえ。
今回、筧さんを初めて生で観た、という方も多いんでしょうね。一体、どう思われたんだろう?顔がでかい?足が短い?台詞が一本調子?歌が下手?スタンス広すぎ?いやいや、まさに仰るとおり。(ってかそこまで誰も言ってない)テレビそのままの顔がデカイだけの役者?そうかもしれません。でも、私にとってはそれを踏み越えて余りある力のある人なんですよ。私がこの芝居で最も好きなのは、アキラがバリシニコフの話をするところなんですが、どれだけ回転しようが絶対に揺れない声、どれだけ飛び跳ねようが絶対にぶれない身体、大きなスタンスで真正面を見据えて自分のうそに上の空になるあの眼を見ていると、それだけでもう他には何もいらない!と思えてしまうのです。ラストのアキラの長台詞で涙が止まらなかったのも、筧さんのその理屈ではないパワーに押されてしまったからだと思うのです。何でこんなにもこの人が私の琴線に触れるのか、自分でもわからないんですけれど。
村上信五君は前評判どおり、声も動きも笑いの間もなかなかで、かなりぐらっと来るカッコよさを見せてくれました。華岡軍医の役がすごく好きだったので、最初は心配していたけれど全然杞憂でしたね(姉なんか、羽場さんより良かったとまで言っていた)。青木君はねえ・・・いや、大変だっただろうと思う。「確かに足りない部分はある、でも良く頑張った」というのが、私の評かな。松沢さんはやはりすごくて、筧さんと二人並ぶといきなり世界が締まる感じがありましたね。小西さんは久々でしたが、相変わらず可愛い!!そしてあの声の切り替えもなかなか見事でした。大阪二日目はちょっと声がやばかったんですけど、千秋楽にはきっちり調子を上げてきておられて、それもさすがだなぁと思いました。
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- 12/18 2階F列14番
ま、少数派だと思うし贔屓の引き倒しだと思われるだろうし反感も買うと思いますが、と、ここまで言っておけばいいか。私実は、野田さんの再演版よりこっちが好きだったりしました。まあ全然完璧とは程遠い舞台ではありましたけどね。でもこの作品の核を掴ませてくれたなと思いますよ。