「謎の変奏曲」

東京公演がなかなかの評判で、急遽当日引換券で見ることに。わりとよく入っていて、2階席からの観劇となりました。

休憩15分を挟んで2時間30分、登場人物は2人だけ、場面転換も一切無し。しかも片方はノーベル賞作家という設定で、観念的な台詞の応酬も多々ある…とくれば、これ下手な役者、下手な演出、下手な脚本だととびっきりの睡眠をご提供みたいなことになってしまいそうなところ、それと真逆のスリリングさ、芝居巧者の妙味を味わえる作品に仕上がっているんだからすごい。ノルウェー沖の島でひとり暮らす偏屈ものの作家のところに、ひとりの地方新聞の記者が独占取材のためにやってくるというのが物語の発端。

終盤にかけて大きく展開していく謎がいくつかあり、それを明かしてしまうのは見る方の楽しみを著しく損なうことである(ということが、見た人ならわかる)と思うので、なかなかどう感想を書いたらいいのか、迷うところです。

作家はすでに功成り名を遂げ、ほとんど隠遁のような生活をしている、端的に言えば「人嫌い」な人間ですが、それまで哲学的な作風だった作者が突然往復書簡をもとにした恋愛小説をものし、それが大きな評判をとる。作家を訪ねる記者は約束を取り付けたにも関わらず、いきなり玄関先で鉛の弾の歓迎を受けそうになって家に飛び込んでくる、というのが最初のシーンです。とにかく、この作家の台詞がいちいちキマっている。客人と死体、どっちになって家を出る?なんてイヤミたっぷりに言い放ったり、なんで事実をそんなにありがたがる、フィクションより事実のほうが素晴らしいものだってなぜ思えるんだとか、そう!ほんとそう!と膝を打ちたくなる金言もたくさん。

しかも、ここでのやりとりが後半に明かされる謎を知った後では違う意味に聞こえてくるというのがまたうまい。思い返せば、けっこうしっかりと、でもさりげなく、謎解きのタネをところどころで蒔いているんですよね。自分が見ていた事実とはなんだったのか、事実と思っていたものはなんだったのか、それがそうではないと知ったとき、ひとはどうするのか。「謎の変奏曲(エニグマ変奏曲)」のタイトルのとおり、ひとつの隠された主題がいろんな登場人物の顔をして現れる…。なんつーうまい脚本なんや!!

老作家を演じたのは橋爪功さん。いやもうね…最初の台詞、第一声で「はっ」と思わず息をのむというか、そうだ…芝居がうまい人ってこういう人のこというんだ…と改めて気づかされるというか、とにかくこの橋爪さんの芝居をただ見る、というだけでもチケット代の価値があった、そう思います。私はほとんど陶然として橋爪さんの芝居に見入っていました。硬軟自在とはこのことか。なんでもない台詞ひとつひとつにその裏の感情を感じさせ、ひとつひとつの動きに無駄がなく、必然性がある。ほんっとーーーーーに!!!!素晴らしかったです。これぞ役者の仕事だなと思いましたし、その巧みさに感動すらしました。

対する記者の役を演じたのは井上芳雄さん。まさに大健闘。ガチンコの、ストレートプレイ中のストレートプレイ、作家との関係性がめまぐるしく変化する役で、しかも相手役が橋爪さんという芝居巧者。これをつとめるのは並大抵のことではないです。井上さんならではの絶妙な愛嬌がキャラクターに沿っていてとてもよかった。

会話を重ねるうちに作家と記者の攻守がめまぐるしく入れ替わり、それを取り囲む、だんだんと暮れゆく北欧の空の色が美しく、幕切れがまたスパッと見事でこれしかない!と唸るようなラストの台詞。やっぱりこういう言葉の洪水で埋め尽くされる芝居大好き。堪能しました!