「イーハトーボの劇列車」

以前鵜山仁さんの演出、井上芳雄さん主演で拝見したことがあります。私は井上ひさしさんの熱心なファンではないんですが、いくつか拝見した舞台の中ではこの作品がかなり自分の好みだったんですね。一番好きといってもいいかもしれない。そのときの好感触が強く残っていたのと、今回のチラシの松田龍平くんの佇まいの独特さに惹かれて(絶対井上芳雄さんと違うタイプのものになるだろうと思って)チケットを取りました。

再見して思ったのは、やっぱりむちゃくちゃ戯曲がいい。よくできてる。よくできてるなんて御大の作品に向かって口幅ったいですが、しかしこのかなりの長尺もので、しかも基本的に同じ状況の場面を繰り返す、という構成なのに、観客を引っ張る力がものすごい。上京する賢治、列車内の人間模様、東京で出会う人たちとの対話、というこのターンを4回繰り返すだけ、それなのに、4回目には主人公である賢治も、一緒に旅をしてきた私たちも、まったく違う場所に立っていることがわかる。

賢治と父親の宗論が象徴的ですが、理と理をガチンコぶつけ合うような会話の応酬があったかと思えば、「思い残し切符」なんていう、リリカルというか情動の極みみたいな単語が場面場面を締めるというのがしみじみすごいなと。私にとっては(そして他の多くのひとにとっても)宮沢賢治というひとは理想世界の求道者ではなく、あの多くのきらきらした物語をものした作家という存在ですが、父や福地第一郎と議論をしたり、伊藤儀一郎に痛いところを突かれたり、どこか地に足のついてない覚束なさの消えない賢治が、4回目の状況に至って「自分は何者でもない」からこそ、「だめな日蓮に惹かれることができてよかった」という境地にたどりつく。そのときの静かな表情とやさしい口調が、自分の中の賢治像とぴったり重なるようで、なんともいえない気持ちになりました。

今回の演出は長塚圭史さんでしたが、個人的には鵜山さんのシンプルな見せ方のほうが好みだったかなーと思います。とはいえ戯曲の牽引力がすごいので、演出家のカラーも戯曲の色の強さに上塗りされちゃう感もある。松田龍平くん、ほんと不思議な存在感。底知れなさはやっぱりどこかにあるんだけど、純朴青年の顔もちゃんとあるんだよなあ。岡部たかしさんの車掌、私の今回のイチ押しです。いやー岡部さんてほんと…すごく色気があるひとですよね。山西さん村岡さんもやっぱりめちゃくちゃうまい。あとこれは以前見たときもそうだったんですけど、福地第一郎をやるタイプの役者さんがツボにはまることが多いんですよね私…土屋佑壱さんの熱いテンション、大好物でした(笑)