「最貧前線」

水戸芸術館の30周年記念事業で芸術館自らのプロデュース公演です。宮崎駿の原作から舞台を立ち上げるということで話題になりました。宮崎駿の原作そのものは5ページの短い短編らしいので、かなりの部分肉付けがなされているだろうなという気はしますが、いやはや、実に見事な舞台化でした。

物語は第二次世界大戦末期。小さな漁船が軍に徴用され、特設監視艇としての任務を行うことになります。その吉祥丸の乗組員たちと海軍の将校たち。軍のスーパーエリートと叩き上げの船乗りたち、当然意見は食い違う、でも海の上で叩き上げの船乗りほど頼りになるやつはいない。彼らの中にはだんだんと信頼関係が生まれてくる。しかし、その吉祥丸もとうとう南の海域へ、海の最前線へ向かうことになってしまうのだった。

民間人と軍人の衝突、軍隊の規律に逆らう船乗り、まだ14歳の少年、B29…そういった単語から予想される物語をどこかふわっととびこえて、常にユーモアを失わない脚本の筆致がとにかく素晴らしい。対立はあるけれど、決してどちらかを「過剰」に描くこともしない。北の海の嵐ではなすすべもなかった将校たちは、南の戦闘で漁師たちを救う。それぞれがそれぞれのやれることをやる。その連帯は私たちの目には美しくさえ見える。見えるからこそ、その目的が、大義というやつが、どれほど理不尽なものか、そして「どれほど役に立たないもの」に命を懸けさせられているかを身をもって思い知らされる。「大きな流れに飲み込まれてなにもできない」という台詞は、なにもこの時代に限ったことではないと考えさせられる。

原作未読なのでどこまでが肉付けされた物語か判然としない部分はあるにせよ、やっぱり宮崎駿という作家には、思想とか信条の色合いよりもエンタメの血が色濃く流れてるんだってことをこの舞台化で改めて実感した気がします。ほんと、戦争の理不尽さというものを活写しながらも、エンターテイメントとして強いんですよね、このホン。嵐の海の中に落ちた水兵を救い上げるまでの流れ、最後の「一矢報いる」展開なんて、いやこれツボじゃないなんて人おる?ってぐらい、見事ですよ(小道具の活かし方とかさ!)。戦争ものを描くときに「ヒロイックになりすぎる」ことをおそれる部分ってあるし、その感覚って大事だと思うけど、そこを絶妙に渡りきってエンタメの芯をきっちり通しているのが本当にすごい。

バッドエンド慣れした現代観客的には、最後にまたなんかあるんじゃ…とか最後まで危惧してしまったけど、「死」を安易に描かずにまとめ上げるのって、その逆よりたぶん難しいですよね。いやほんとよくできた脚本でした。

またこれ美術がすばらしかった!舞台に大きな船のセットがあってそれが3層になってるんだけど、秀逸なのがそのセットを半分に分けて見せることができるようにしていること。基本的に船の中で物語が進んでいくので、その限られた空間以外に役者は下りない。そこを補うのが映像で、足もとに水面の映像を映し続けているのが実に効果的だった。演出の一色隆司さん、どちらかといえば映像畑の印象が強い方ですけど、今回の映像処理はその強みが活きた感じある。3層に分かれたセットも、それぞれで見える世界が違って、通信室での砕けたやり取りもあの雰囲気ならではという感じがあって、よかった。

私はもともとこの作品を見に行こうとおもったのがキャストの顔ぶれの良さで、どーんと芯をとってくれるひとを中心に花もあり実もありといった面々をきっちり選んでる感があって惹かれたんですけど、期待に違わず!内野さんのうまさったら、まさにどんな球でも投げられる、どんな球でも打てる、万能かよ!ベンガルさんの洒脱さ、佐藤誓さんの肩の力の抜けた佇まいも大好き。風間くんの若き艇長、溝端くんの通信長もよかったなあ。きりっとかっこよく、だけど「ひと」があふれてくる役作り。それにしても溝端くんめっちゃいい声してんね。

ほんっと全方位で満足度が高い公演でした。足を運んでよかったと思わせる一本。これはぜひ再演も視野にいれていただきたい!