「三月大歌舞伎 通し狂言仮名手本忠臣蔵 昼の部(Aプロ)」

今回の通し上演、「勘九郎さんセット」を一泊二日で見ようとすると夜→昼にならざるを得ず、通しの意味を思えば昼→夜のほうがいいのはわかってるんですが、そうも言ってはいられないという。というわけで昨夜のBプロ夜の部の興奮もさめやらぬうちにAプロです。

2008年に平成中村座で「仮名手本忠臣蔵」をやったとき、4つのプログラムに分かれていて、大序、三段目そして四段目は勘三郎さんの塩冶判官、そして仁左衛門さんの大星で演じられたAプログラムがあったんですが、わたし、それを見逃がしているんですね。4つあるうち、BプロとCプロを選択したんです。もちろんそれはそれでめちゃくちゃ貴重だった(特にCプロで仁左衛門さんが加古川本蔵をおつとめになったのは今思っても貴重だった)のだけど、その後、四段目での勘三郎さんと仁左衛門さんの思い出語りやエピソードを聞くたび、「なんでこれを見なかったのだおれは…」と後悔しきりだったんです。で、次の機会があれば…とずっと思っていた。

次の機会はこなかった、と言うのは簡単ですが、でも歌舞伎の世界って、人から人に受け継がれていくもので、だからこそ、今回のこの配役は私にとってようやくきた「次の機会」なんだと思っています。

大序の段階ですでにうわーこういう勘九郎さんちょっと見たことないかもしれない、と思うほど、涼やかなというか、纏っている空気が圧倒的に清いんですよね。判官って本当、あの松の間でことに及ぶまで、はっきりとした色を見せない人物で、それは桃井若挟之助や高師直と比較すれば一目瞭然なんだけど、その判官が唯一、その魂に色を付け、バッと燃え上がるのがあの高師直に侮辱の限りを尽くされ、耐えに耐えかねるあの瞬間なんだなと得心した気がします。耐えようとする力が強ければ強いほど、それまでの佇まいに色が見えなければ見えないほど、あの一瞬に高く燃え盛る火柱のように激昂してしまった。松緑さんの師直の見事なまでの底意地の悪さ、耐えて耐えてそれでも耐えかねる勘九郎さんが輝くのもこの師直あってこそという感じ。

四段目、いやーもう筆舌に尽くしがたいな。ぜんぶの場面を私の目をシャッターにして残しておきたい、と思えるほど、よかった。すでに切腹を覚悟している判官が姿を現すところ、この作品のあらすじをまったく知らなくてもあの漂白されたような佇まい、もう魂が向こう岸へ半分足をかけているのがわかる。切腹の残酷なまでに美しい所作のひとつひとつ、力弥をつとめた莟玉さんとの目と目で交わすやりとり…。由良之助はまだか、いまだ参上仕りませぬ。二度目のこの力弥の声にもうここでだめだったね。そこに聞こえる由良之助の足音…。はー。もう、なにがどうなるかわかりきっているのに、それでもこんなに気持ちが持ってかれてしまう。由良之助がきてくれたよ…と語りかける気持ちになってしまう。

こと切れた判官の裃を直す由良之助が、一瞬手を止めて肩を抱くように思い入れるところ、判官の手から九寸五分を受け取ろうとして、固く握った指をひとつひとつやさしくほどいていくさま、九寸五分を受け取り、その手をぎゅっと握るその哀切。客席も固唾を飲んで見守っているのがありありと伝わってきたし、私はといえばもうこんな、こんなに泣けることある!?ってぐらい泣いてしまってました。すごいな。仮名手本忠臣蔵ってやっぱすげえや。さすが芝居の独参湯。

この日は花道横のお席で見ていたので、城明け渡しの場で仁左衛門さま越しに遠ざかる城門を見ることができて(なんて工夫に満ちた演出なんだ)、由良之助の無念を一緒に味わったような気持ちになれたのも、忘れがたい記憶です。

勘三郎さんと仁左衛門さんの判官・大星はもっと盟友感のつよい人物造形だったのかな、と想像を膨らませながらも、勘三郎さんが亡くなられたときに、どんなにか駆け付けたいのにそれでも南座での勘九郎さんの襲名興行を成功させるため、楽までは大事をとって東京に戻らないと仰っていたこと、そういう「父親代わり」のような塩冶判官と大星由良之助の関係性が舞台の上にも色濃く感じられて、あの時観られなかった芝居への思いは思いのまま、また新しい舞台にこうして出会えて体験することができたことに本当に心の底から感謝しないではいられませんでした。

でもって、夜→昼の順での観劇にはなったけれど、昨日観たあの勘平の絶望やおかるの願い、大星の亡き主君への思いと重責、そういうものはすべてここから始まったというのが肚落ちする芝居でしたし、判官のあの透明さ、清廉さはこれだけたくさんの人の思いを容れる容れ物だからこそなのかも、と思えたのも、貴重な体験でした。

三月ですでに今年のベストが出た!とは到底言えないですが(まだ三大狂言も二本残ってるし!)それなりに長く芝居に通っていても、これほどまでにすみずみまで充実した舞台を見ることができるというのはそうそうなく、本当に観られてよかったと心の底から思えた時間でした。