「オイル」 NODA・MAP

芝居を観るまで一切の感想・ネタばれ・その他諸々を必死で回避していたので、ネットに渦巻いている(であろう)評価も中傷も絶賛も揶揄も見たわけではないが、おそらく非常に感想の分かれる作品なのではないかなあと思う。それはなぜだろう。それは、この芝居全てが私たち日本という国に生まれた人にとって「他人事ではない」からじゃないだろうか。富士の最後のセリフは、明らかに私たちへ、観客へ、日本という国へ、野田さん自身へ投げかけられたものだ。どうしてガムを噛めるの?コーラを飲めるの?この恨みにも時効があるの?

だからこの芝居を語るとき、自分の考えというもの、政治的にも宗教的にもだが、それを切り離すのはとても難しい。その問いかけに対する自分なりの答を出さないままこの芝居を語ることは出来そうにないし、しかし答なんてそう簡単に見つかるものではない。野田さんだって答を持っている訳ではないだろう。野田さんはアメリカを絶対悪だといっているのか?日本はだからダメなのだと言っているのか?復讐すべきだと私たちを煽っているのか?そうではないだろう。そうでは決してないだろう。野田さんは問いを投げかけた。今のところ私に出来ることはそれをちゃんと受け止めることだけだ。そして自分に問いかけ続けることだけだ。富士の最後の問いから逃げないことだけだ。どうして私はガムを噛めるの?コーラを飲めるの?この恨みにも時効があるの?

9.11の衝撃やイラクとの戦争という時節を挟んだことで、もちろん野田さんは意図を持ってやっているのだけど、ひとつひとつのセリフにセリフ以上の意味が見てとれてしまって、なかなか舞台の筋が見えてこないなあというのが前半の印象でしたが、それがひとつひとつ収束していく後半はさすがだと思う。個人的にはもう少し時間を置いてから見てみたい舞台だとも思った。舞台装置はシンプルですごく好きですが、傘とか電話帳とか凝りすぎかもなーと思えるところもあったり(でも電話帳に「おいる」の文字が残るところはめちゃめちゃゾクっとしたけど)。農業少女でも使った、あのオレンジの照明で魅せる冒頭とエンディングは、余りにも完璧に出来過ぎていて最初のシーンですでに鳥肌立ててました、実は。役者さんは皆さん野田舞台初登場ということもあって新鮮で良かった〜。松さんの好演・熱演は言わずもがな。最後の叫びはすごい。藤原君は若干声が嗄れ気味なのかな?とは思ったんだけど佇まいに雰囲気があってとても良い。今まで個人的にはいまいちピンときていなかった北村有起哉さんがすっごくはまっていてこれは嬉しい誤算だったな〜。遊びすぎないじゅんさんも○。劇場のせいか席位置のせいか、声が聞き取りづらくなる役者さんが結構居てそれは残念だったかも。スピードを殺さない、っていうのは野田さんの舞台の大命題だと思うので、早口になっちゃうのはもうしょうがないと思うんだけど、そこは立てて欲しい、ってセリフが流されちゃうのはつらいなあ、とちょっと思った。

暗いとか救いがないとか言われそうな気もするけれど、この出口のない中での富士のセリフが余りにも切なくて切なくて。復讐というキーワードではどうにもならないことがわかっているからこその「本当は助けが欲しい、あなたの」の言葉に涙が拭っても拭っても止まりませんでした。舞台が終わってもアンコールが終わってもアンケートを書いていても涙が止まらなかった。野田さんの舞台のラストに必ずある、「パンドラの鐘」でさえ残してくれたわずかな光のようなものはこの舞台にはなかったけれど、このいたたまれないような切なさをここまで表現できるのはやっぱり野田さんだけだよな、と強く思った舞台でありました。