「こんにちは、母さん」

  • 新国立小劇場 D2列17番
  • 作・演出 永井愛

1年前だか2年前だか、NHKで舞台中継をやっていて、たまたま夜遅くまで起きていた私は途中からこの舞台を見出したのですが、翌日も仕事があるから早く寝ないといけないと思うのにあまりの面白さに見るのをやめられず、終幕にいたってはもう涙ぼろぼろで翌日朝起きたら案の定ひどい顔になっていたという・・・。それまで永井愛という名前を知っていても、作品に触れたことがなかった私はその己の見る目のなさを呪い、それ以降かなり熱心に作品を追いかけさせていただいているわけです。言ってみれば私の「永井愛事始」。

長く実家と疎遠になっていた息子がある日突然訪ねてくる。そこに居たのはボランティアにカルチャースクールにそして恋人との生活に、イキイキと飛び回る元気な母。母の変わり様に息子は戸惑いを隠せない。「一番身近な人のことを本当に理解しているだろうか?」これは知っているはずの人間と”再び出会う”ドラマです。

この物語の中には、戦争の記憶やリストラなど、社会のさまざまな問題が影を落としていますが、決してそれが眼目ではないような気がします。少なくとも私にとっては、この芝居の中で「家族」の間での、些細だけれどだからこそ取り返しのつかないこと、その後悔を、抑制の効いたセリフとそして見事な演技で表現しきっている点にもっとも強くひかれてしまうのです。戦争に行ったお父さんがしたかもしれない事の是非ではなく、それを「受け入れてあげることができなかった」お母さんの思いに、ただ胸を締め付けられるのです。ビートルズの落書き、捨ててしまったレコード、誉めてくれなかったお母さん。日常をただ過ごしているときには見落とされがちな事件に、断絶の始まりは隠されている。「あの時、本当はこう思っていたんだ。」受け入れてくれないかもしれない相手に、思いをぶつけるのは家族でも、いや家族だからこそなかなか難しい。それでも、それは試みる価値のあることではないでしょうか。

相変わらずセリフの一つ一つが美しく、研ぎ澄まされたものであることに惚れ惚れ。若干役者さんの側にカミが目立ったものの、大事なところではきっちり引っ張ってくれる安定感はさすが。永井さんは暗転へのヒキがすごく上手くて、余韻に浸っているうちに次の幕が始まる、って感じなのが改めてすごいと思った。初演に引き続き加藤&平田のコンビはすごい。とくに終盤のやりとり、そして加藤さんの最後の独白はまったく圧巻という言葉を使いたくなるほどです。面白おかしいシーンもますますパワーアップしていて、3時間弱飽きさせませんねえ。今日なんか、客があまりにウケすぎて大事なセリフが流されそうでひやりとするほどでしたが、そこは最後にきっちり客をコントロールした加藤さんの女優としての存在感に救われた感じ。

私の好きな題材というのもあるんでしょうが、役者陣の見事な演技、美しいセリフ、永井愛というひとの才能の輝き、すべてが揃った必見の舞台だと思います。