「じゃじゃ馬馴らし」

念願というか、宿願というか、とうとう筧さんが蜷川さん演出のシェイクスピアに、って蜷川さん演出というのももちろん「いつかそんな日が来たらいいなー」「でももうここまで来てないってことはないんかなー」とか思ったりしていましたけど、シェイクスピア、というのもひとつの念願ではありました。あの人のあの圧倒的な台詞術、決してスピードを殺さずに成立させてしまう力はすごいなって思っていたし、だからこそ大抵の役者が手こずるシェイクスピアの長台詞を筧さんにやってみてもらいたい、と思っていたのです。

そんな日がとうとうねえ。長生きはしてみるもんだよねえ(大袈裟です)。

筧さんがさい芸のシリーズにでるよ、演目は「じゃじゃ馬馴らし」だよって聞いて、実際どんな物語なのかあらためて調べてみたりしたんですけど、多くの人がそう感じると思うけど「えっこれってどうなの」感、こんな「女は三歩下がって夫の影を踏まず」的な話を私面白く見ることが出来るのかしらん、と思わなかったといえば嘘になります、がその心配は結局のところ杞憂に終わりました。そう、まずそれがすごい、この今の時代に真っ当にやれば反発をくらうこと必至な筋立てを、こうもコミカルに面白く、そしてどこか多少の納得と苦笑いと、何より幸福感をもって観客を送り出すことができるとは!

蜷川さんは今回、筧さんと亀治郎さんに関しては、あえてそれぞれの手札を存分に使わせたという感じがしました。亀治郎さんがところどころで繰り出す歌舞伎的な芝居はまさにピンポイントでズバズバと観客の心を沸かせ、楽しませてましたし、対して筧さんのペトルーチオは圧倒的な量の台詞をこれまた圧倒的なスピードでものし、じゃじゃ馬キャタリーナをその言葉の弾丸によって封じ込める、というのが体感できるというのがすごい。今回蜷川さんのさい芸シリーズにしては上演時間が観客に優しい長さだったんですけど、それはあのスピード感も一役買っているのかなと思ったり。あともうひとつ、台詞が聞き取れない訳ではない(むしろ音としては明瞭に耳に入ってくる)んですが、とにかく圧倒的な量が物凄い速度で降ってくるので、いちいち咀嚼している間がないんですよね。それも功を奏したというか、ペトルーチオという人物から「愛嬌」を失わせなかった一助になっているような気がしました。
衣装も王道のイタリア貴族からちんどん屋風のものまで幅広い(笑)ちなみに私が一番すきだったのは白のシャツに赤い羽根のマラボーをかけて出ていらしたやつです。やべえ好みのものだけで出来上がってるこれやべえマジやべえ状態(笑)

あのキャタリーナとペトルーチオの出会いの場面での弾丸のような言葉のやりとり、ともすれば意味のない修辞に埋もれてしまいそうなんですけど、ペトルーチオはあの場面で徹頭徹尾キャタリーナを褒めそやしているんですよね。君はきれいだ、君がじゃじゃ馬なんていうのは世間の嘘っぱちだ、君はぼくの家、ぼくの港、ぼくの全て。言葉の洪水の中からそのことが次第に浮き上がってくる、あの場面の筧さんの説得力たるや!

それにしても、亀治郎さんも筧さんもとにかくキャラクターが強烈で、中盤にはもう「ふたりが出て来ただけである種の期待感に観客が浮き足立つ」というようなこの感覚、やー第三舞台時代の筧さんってこうだったよなあとしみじみと思ったりしましたねえ。亀治郎さんのドレスの袖をたすき掛けにして側転を決めるという荒技、声のトーンの切り替えやにらみまでご披露する自由度、やたらテンション高い筧さんのペトルーチオとホーテンショーの「スパゲッティー!」、意味もなくトランクの上で腕立て伏せ、いやもうホント腹を抱えて笑いました。「あっちが傲慢ならこっちは強引です!」とか思わず拍手が湧き起こってましたもんね。

そして最後、キャタリーナの大演説となるわけですが、ここの亀治郎さんはとにかくすばらしい。ペトルーチオの腰から刀を抜き去ってからのあの朗々たる台詞、明らかに声のトーンを変えて、男でもなく、女でもない存在としてあの台詞を言い切っていた。ほんとに何回でも言いますけど、今やどうやっても共感より反感を買うしかないというような台詞をあれだけきっちりと、観客の心を閉じさせずに届けることができるのだからまったく舌を巻きます。亀治郎さんの技量もだし、なによりそういう舞台を作り上げた蜷川さんの手腕の確かさですよね。

カーテンコールで最後に登場し、白いドレスでまさに「たっぷりと」な一礼をする亀治郎さん、はーほんと惚れるわ。あの目線のくばり方ったらないよもー!

今までのオールメールの雰囲気とはいろんな意味で違うテイストになったのではないかと思いますが、それはやはり主演おふたりのキャラクター(と芸)によるところが大きいのかな〜と思います。それも影響してか、横田さんや月川くんなどのシリーズ常連組もいつもよりはっちゃけた芝居を見せてくださっているようで楽しかったです。

いやーほんとに、出演が決まったときはいろんな意味で祈るような気持ちでしたが、心から晴れ晴れとして劇場をあとにすることができてこんなにファン冥利につきることはありません。
願わくば、またいつか、の機会があることを祈って!