「ヴェニスの商人」

シェイクスピア作品の中では名を知られた方だと思いますけれども、さい芸シリーズで取り上げられるのに時間がかかったのはどうやらこの作品を蜷川さんご自身がお気に召さないかららしい。さもあらん、というか、以前子どものためのシェイクスピアのシリーズでこれをやったときもそうだったんですが、シャイロックに重しを置くとアントーニオやバサーニオの横暴ぶりが鼻につくし、しかしユダヤ人というだけで(だけで、ではないにせよその理由が連呼されるうえに、最後には改宗を迫られる)毛嫌いされるシャイロックを悪の権化のようには描きたくない心情もわかるし、という有名な割には今これをスマートにやるのは難しい戯曲だよなーと思います。

で、蜷川さんなりの回答がこれなのかなと思うんですが、もうあきらかにシャイロックに重しを置いているんですよね。猿之助さんをシャイロックに配した時点でそういう意図だったのだろうと思いますし、実際に舞台で拝見しても猿之助さん無双でした。硬軟自在、歌舞伎の手法もちらちらと披露しつつ、ぐちぐちと粘着質なうらみつらみを述べるところ、娘に宝石を持ち逃げされて怒りくるうさま、そしてここぞ!というところでの空間支配力。2階の一番後ろで拝見したんですけど、そこから見ていてもああ呑まれる、猿之助さんに空気が呑まれていくって感じが如実でした。圧倒的です。

高橋克実さんのアントーニオ、横田さんのバサーニオ、倫也くんのポーシャいずれも悪くないですし、悪くないどころか倫也くんのポーシャは個人的にはかなり好きな部類です。ほぼヒロインとしてはワントップですが裁判シーンでの場面の捌き方も堂に入っていてよかった。バサーニオは何をどうやってもちょっとあほの子に見えてしまう役所ではあるんですけど(え?そんなことない?)横田さんのバサーニオはそこがキュートに見えたのはよかったなー。克実さんは登場シーンでまず髪がある!ってことに思わず目が泳ぎましたが、どう考えてもやっぱアントーニオってほもほもしいよね…っていうところが裁判のシーンあたりで爆発しててたのしかったです。

いや、それにしてもやっぱり難しい戯曲ですね。1ポンドの肉、という借金のカタとそれに対する機転なんかは個人的に好きな展開なんですけど、裁判のあとでバサーニオたちがシャイロックに見せる「慈悲」とやらを素直に受け止めるのはもはや難しい。4人の恋人たちの指輪を巡るすったもんだのあとの大団円、と思わせておいて最後の最後にその扉を閉めさせず、首にかけられたクロスをシャイロックに引きちぎらせるのは、蜷川さんなりのこの戯曲への抵抗にも思えました。