「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」

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レオナルド・ディカプリオブラッド・ピット、文字通り一時代を築き上げた二大スター夢の競演。監督はクエンティン・タランティーノ

いやー面白かった。面白かったし、これは「if もしも」の世界だし、おとぎ話でもあるし、「そうであったかもしれない」「そうだったらよかったのに」という物語になっていて、過酷で無慈悲な現実に対してこういう一矢の報い方もあるのか、と思わされる作品でした。

すでに映画を見た多くの方が、「チャールズ・マンソンシャロン・テートの事件」を予習していったほうがいい、という示唆をされていると思いますが、確かにその顛末をぼんやりとでも把握しておくほうがこの映画のストーリーテリングにうまく乗っかっていけると思います。私がこの事件のこと知ったのいつだったかなー。たぶん少女漫画か(80年代少女漫画の先進性よ)、後年いわゆるマーダーケースファイル的な本で知ったのか。

リック・ダルトンはかつて西部劇の賞金稼ぎをドラマで演じ、一躍時の人となるが、いまは若手を相手に悪役をやるばかりと落ちぶれつつあり、マカロニ・ウェスタンで稼がないかという誘いを受けたことにひどくショックを受ける。長年彼のスタントを演じてきたクリフ・ブースはリックの仕事の減少により自身の収入もおぼつかないため、リックの身の回りの世話をして日々の糧を得ている。リックは今でも豪邸住まいだが、クリフはドライブインシアターの裏手のトレイラーハウスで犬と一緒に暮らしている。リックの家の隣には「ローズマリーの赤ちゃん」を監督したロマン・ポランスキーとその妻シャロン・テートがつい先日引っ越してきたばかりだ。

映画は「やられ役」を振られながらも演技で往年の輝きを見せるリックと、ヒッチハイカーの女の子と奇妙な出会いを経て「スパーン牧場」に導かれるクリフと、若手女優として仕事が認められつつあるシャロンのまさに花のような生活を丹念に追っていきますが、そこに通底して流れているのが「マンソン・ファミリー」の影というわけ。すごいなと思うのが、映画自体がそれなりの長尺で、そのマンソン・ファミリーの醸す不穏な空気が物語を引っ張っているにせよ、クライマックスに至るまではそれはあくまで影にすぎないのに、まったく観客を退屈させないというところ。文字通り、「画」の力でぐいぐい見せていくんですよね。

あと、やっぱりスターはスターだなというか、レオさまとブラピ、当然だけど、まったくただものじゃないのであった。あの悪役として現場に挑むリックの第一声からして、なんつーか、「この声に何人もの人がひれ伏してきた」ってことがわかる圧があるんですよ。でもって、あの途中で台詞を忘れたときの芝居!そしてトレーラーに戻ってきたときのあの爆発!酒を断て!と叫びながらポケットの酒を飲んでしまうあの一連、いやーすごい。すごかった。でもってブラッド・ピット、ああブラッド・ピット、どうしてあなたはブラピなの。そう言ってしまいたくもなるほど圧倒的にカッコイイ。え?こんなカッコイイひとがこんなカッコいいことをやってどうするんです???ってなりませんでしたか。あのアンテナ工事。間違いなく世界一カッコいいアンテナ工事でしょ。クリフの、リックに対して含むところが全然ない、リックもクリフに対して常にオープンである、そのふたりの友情の描きぶりも、よかった。「友達以上、妻未満」の関係は「明日ベーグル持ってきて」でまた繋がることになるんだろうか。

クリフがスパーン牧場を訪れる場面はこの映画でも極めて印象的だけれど、まさに荒廃したかつての映画スタジオで、西部劇さながらのやりとりが行われるあのスリリングさ。臆するところの微塵もないクリフの揺るがないタフガイぶり、むちゃくちゃしびれました。タランティーノ監督はブラッド・ピットを本当にカッコいいと思って撮ってるんだなってことと、年相応な顔立ちのブラッド・ピットがまさに渋みも加えたいい男爆弾になりすぎてて、って何回同じ話するんやって感じですか?いやでもあれ見たらそうなっちゃいますって。

シャロンが自分が出ている映画を見に行くシーン、よかったなー。あそこで、自分の演技に対する観客のリアクションに笑顔が抑えられないの、むたくたキュートだった。この映画におけるブルース・リーの描き方については議論があるけど、私はクリフとのシーンよりも、シャロンを相手にアクションの指導をしてくれるかれの姿の方が印象的でした。シャロン・テートは「ハリウッド」「女優」「ブルジョワ」を示すアイコンなのではなく、ひとりの女性だったってことがちゃんとこのフィルムに刻まれていたなあと思います。

映画の中で描かれるマンソン・ファミリーの影が、少しづつ違う方向を指してきて、ついに現実と分岐してからは、さすがタランティーノともいうべき容赦のなさが炸裂してましたね。でもあれだ、ワンちゃんが、ブランディが無事でよかった…!「悪魔の仕事をしにきた」をラリったクリフが全然覚えてないのもよかった。救急車を見送ったリックにかけられる隣人からの声、そうあったかもしれない昔々のハリウッドの物語。堪能しました!