「リーマン・トリロジー」ナショナル・シアター・ライヴ

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ナショナルシアターライヴで最初にかかったのはもうずいぶん前ですが、当時コロナ禍に突入する直前ぐらいで、梅田での上映があったんだけどその後に神戸でもかかることが決まってて、日程的に神戸の方が合わせやすいな…と思って梅田の上映を見送ったのが運の尽き。その間にあっという間に事態が急転し、緊急事態宣言が出て、神戸での上映も延期、となってしまった。

先に観ている人たちの絶賛に次ぐ絶賛、うーん観たい、観たいったら観たい、お友達の感想読んでても好きな予感しかしない、うわあああああんあの時無理して梅田の上映で見ておけばこんなことにはー!という後悔をずっと抱えておりました。その後の上映もタイミングが合わず、今回名古屋でのアンコール上映、土曜日にリーマン・トリロジーがかかる!というので、ここを逃したら次のチャンスいつになるかわからーん!と出かけてきました名古屋まで。

いやー素晴らしかったね。
こんなにも「素晴らしい」言い甲斐のある作品もそうそうない。開始10分ぐらいでもうすでに「いやまてこの時点でもう最高に面白いんだが!?」ってなるほどでした。2回の休憩合計30分を含む計3時間40分のまさに長尺ですが、いやもう全然観てられる。観てられるどころか、ずっと観ててもいい。映像で見てこれなんだから、劇場で実際に観たらどんな体験になるんだろう。そんなことを思って休憩時間中に映し出される観客に思わず嫉妬しちゃいそうになるほど圧倒的でした。

日本では「リーマンショック」という彼らの終焉にまつわる単語の方が有名ですが、一時は文字通り世界にその名を轟かせた「リーマン・ブラザーズ」の160年間を3部構成で描いた作品で、演じるのは3人の役者のみ。最初の3兄弟、3代にわたる物語、3部構成…と「3」をキーに構成されていて、キャストの会話がダイアローグになることはほぼなく、基本的にそれぞれのモノローグで通されるのがなにげにすごい。セリフ劇でモノローグ一辺倒なんて、へたしたら秒で寝るやつですよ。でもそうならない。台詞ひとつひとつのセンテンスがそれほど長くなく、かつ繰り返しが多用されてどこかマザーグースのような独特のテンポをもたらしている感じ。一度その波に乗ったらもう最後まで一気呵成。

ヘンリー・リーマンがドイツのリムパーから45日間の船旅を経てNYの港に着いた風景の、短いけれど的確な描写、震える彼の手、モンゴメリーで開いた小さな店の看板。そこから、まるでアメリカ近代史を輪切りにしていくように、リーマン兄弟とその子らの人生が描かれていく。大火事、南北戦争、ブラックサーズデー。リーマン・ブラザーズが直面し、同時にアメリカが直面した「激動」が見事な演出によって観客に迫ってくる。

なかでもブラックサーズデー、暗黒の木曜日の描き方は印象的で、それまでは何の変哲もないいつもの木曜日、フィリップは新聞を買い…だが、すべてが一瞬で変わる。世界史のひとつの知識としては知っていても、これがひとつの「アメリカの夢の終焉」だったということをここまで腹落ちさせた表現は見たことないかもしれません。相場は常にあがり続ける、アメリカは強大になり続ける…そんなことはないとわかっているのに、わかっていた人もいたはずなのに、大勢がその見果てぬ夢の眩しさにくらんで、あの暗い木曜日の穴に落ちていく。いやはやすさまじかったです。

あと、「買う」とは何か?という3幕にある場面、あれも忘れがたい。現代において、買うことは勝ち負けだ。買えたあなたはこの勝負に勝っている。買えなかったあなたは負け。必要だから買うんじゃない。欲しいから買う。それが消費社会。必要だから買うという人間がいなくなる世界。折しもブラックフライデー真っただ中、ネットを開けば踊るセールの文字。買えたら勝ち。この感覚がこうした巨額のセールを支えてる。別になにか欲しいものがあるわけじゃなくても、この中で何も買わずにいるのは負けだというような感覚。これはどこから来ているのか?それとも、これも誰かに植え付けられたものなのか?考えさせられる。

舞台美術がまたすばらしく、ガラス張りの区切られたオフィスがなんにでも姿を変えてみせる、まさに演劇の見立て、万歳!というような見せ方。バックの映像は決して出過ぎず、しかし効果は絶大。何度も何度も書き替えられる看板(このくだりも繰り返される)の文字、リーマン・ブラザーズ・コットン、そのうちコットンが地に落とされてBANKにとって代わる。ガラス張りのセットに書き連ねられる沢山の数字や文字、しかし最後には、そこからLEHMANの文字だけがかき消される。地に落ちたコットンも銀行もまだある、が、LEHMANはそこから消えていく。

最後には、劇中のシーンと同じように、LEHMANそのものが弔われる。伝統に則って。やっぱりちょっとマザーグースみたいだ。ソロモン・グランディ、月曜日に生まれた、火曜日に洗礼を受け…日曜日には埋められて、ソロモン・グランディは一巻の終わり…

3人のキャストの素晴らしさはもはや言葉に尽くしがたい。サイモン・ラッセル・ビールの変幻自在さと質実剛健ぶりが共存する奇跡の演技!んもう!!!ベン・マイルズもアダム・ゴドリーも、ありとあらゆる瞬間が最高過ぎた。ひとつの巨大企業の誕生から死までの160年間を、3人のキャストで3時間で見せるなんて、これこそ演劇にしかできないこと、演劇だからこそできることがぎゅうっぎゅうに詰まりまくった作品でした。いやもう、本当に観ることができてよかった。素晴らしいエンタメを全身に浴びた時の、あの細胞が活性化するような感覚を久しぶりに味わいました。マジの、マジの、マジで、掛け値なしの傑作です!!!!