- 兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール 1階L列6番
- 作・演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
KERA・MAP新作。KERA・MAPも早いものでもう10作目ですか。「キネマと恋人」の舞台にもなった「梟島」が再登場、あの独特の方言もそのままに帰ってまいりました。
人間のドロドロした部分とか、悪辣さとか、裏切り裏切られみたいなものはちょっと脇に置いて、劇的というよりも滋味のある、市井の人々の群像劇。真ん中に記憶を喪った男という存在があるんだけど、そのドラマにまったく寄りかからない(ラストシーンで寄りかかるように見せてうっちゃられる)のがすごいよね。記憶喪失になった男、その前の晩ひとりで海に入り命を捨てようとしていたってことまで描かれるのに、そのドラマはこの物語の中心にはない。中心にないことに、何の違和感も抱かせないのは、その周囲の人々への書き込みが尋常じゃなくきめ細かいからだとおもう。
文吉と千夏のあれやこれや、千夏が謝りにきたときの文吉の態度にキエーッとなり、もう別れちゃえよこんなやつ!と息巻いていたけど、そのあとの千夏のナチュラルストーキングぶりに「いやこのふたり…似たもの夫婦ってやつなのかもしれん…」と思っちゃいましたが、それにしてもともさかりえさんのこのコケティッシュな魅力よ。ともさか&緒川の姉妹がなにしろ魅力的すぎたし、おかあちゃんとおとうちゃん大好きな富子のけなげさもよかったなあ。今回、ほんと登場人物全員が愛せるというか、人としての愛嬌のある人物ばかりで、そういう人間模様を180分堪能させてもらったなという感じ。いつもだったらガンコ親父を絵にかいたようなキャラになりそうな竹男の、あの父親のことで涙してしまう瞬間とかぐっときた。三上さんがまた絶妙にいいんだよねえ。
ケラさん曰く、「なんでも屋のわたしは今回、豆腐を作ってみる」とのことらしいのだけど、確かにいつもとはちょっと違うテイストのケラ作品でした。そして私もなんだかんだと歳を取ってこうした噛めば噛むほど味の染み入るような芝居が昔よりずっと好きになってきていて、劇作家と観客の波長がこうして合うってのはこれまたひとつの幸福な形であるよなとしみじみいたしました。