「眠くなっちゃった」ケムリ研究室no.3

緒川たまきさん&ケラさんの演劇ユニットケムリ研究室、ベイジルタウンの女神、砂の女に続く第三弾。前2作とはまた違うテイストの作品で、まあこれはナイロンを見ていても思うけど、ケラさんて似たような作品が続くことがまあないですよね。御本人の創作上の反動というか、意識せずとも自然とそうなっているのかなと思いますが。

そんな中で、ナイロンの最新作のDon’t Freak outから引き続き、役者のメイクが白塗りになっている(正確に言うと、崩れた白塗りになっている)のが興味深いポイントだなと思いました。ケラさんが意図しているところはわからないけれど(パンフとかで話されているのかもしれないけど)、観ている側の心理としてはやっぱり最初ちょっと違和感を感じますよね。もちろん観ているうちにだんだんと解消していくんだけど、でもたとえば過去のケラさんの作品、消失とか、百年の秘密とかが、こうしたメイクで上演されていたら?と考えると、やっぱり印象を左右するポイントではあるなと思える。このメイクにすることで、地続き感に一線を引くというか、寓話性を高める効果があるというか、そういう印象を受けました。

設定は近未来感がある、ジョージ・オーウェル1984も彷彿とさせる監視社会で、中央管理局と呼ばれる組織に属する人間は、「上の指示」と言いながらその「上」が何なのかを知らない。昨日まで特権を持っていた人間が明日には収容され、明後日には処刑される。

事件を起こしサーカス団を追われたノーラと、彼女が「ロボットの夫」にみせる執着に過去の自分を重ね、次第にノーラを愛するようになる役人リュリュ。彼らふたりの、ほとんど兄妹のようにもみえるささやかな愛情のやりとりが、このディストピアのなかで唯一味のする果物のようなみずみずしさがあったし、だからこそ後半のふたりの逃避行には、悲劇を予感しながらも、2人に安寧の時間があることを祈らずにはいられませんでした。

ノーラの記憶丸ごとを欲しがった音楽家は、その記憶に潰されて息絶え、記憶を丸ごと喪ったノーラは、リュリュの腕の中で「眠くなっちゃった」とつぶやく。「記憶を丸ごと盗られたものがじきに死んでしまった」という台詞が劇中であったけれど、冒頭で過去に苛まれ、怖い夢を見るから眠れない、と言っていたノーラの「眠くなっちゃった」は、ある意味解放の証でもあるのかなと思いました。

ケラさんと初顔合わせの北村有起哉さん、初顔合わせとは思えない相性の良さで、緒川たまきさんとのコンビもとてもよかった。最後のバックハグが何しろすてきすぎて(あの滑るように彼女の後ろに回り込んで背中を支える仕草の優美さよ!)、個人的に相当うっとりしてしまいました。水野美紀さんも今回かなり業の深い女性の役で、ベイジルタウンの女神の時とはまた違った凄みのある芝居が観られてよかったです。