「ワーニャ」


ナショナルシアターライヴ新作。アンドリュー・スコットチェーホフの「ワーニャ伯父さん」を一人芝居で演じる。演出はサム・イェーツ。

既存の脚本を一人芝居で上演するときは、それなりのリライトというか、脚本の再構成があるのが常だと思いますが、今作はそうした「一人芝居にしやすい」形への変更はしておらず、もちろんある程度の省略はあるけれど、基本的には今ある「ワーニャ伯父さん」の脚本に沿っており、違うのはただ「そのすべてをひとりが演じる」というだけ。つまりAがしゃべり、Bがそれに答える、というやりとりをそのまま、シームレスに一人が演じていくという、これはなかなかハードルの高いやつですよ。

私は「ワーニャ伯父さん」自体そんなにピンときてないというか、あまり得意でない作品なので、これぐらい趣向がある方が楽しみやすかったけど、やっぱりあまりにもテクニカル過ぎて「ワーニャ伯父さん」か?と言われると難しいところもあるなと思っちゃったな。

ただ一か所、うおーなるほどねー!と思ったところがあって、ミハイルとエレーナ(この舞台ではマイケルとヘレナ)のこの場面(青空文庫から引用)。

ミハイル (先を言わせずに)誓うも何もあったものですか。よけいな文句はいりません。……ああ、この腕、この手!(両手に繰返し接吻する)
エレーナ さ、もう沢山、あんまりだわ……出て行ってちょうだい……(両手を振放す)ひどいかた。
ミハイル ね、どう、どうするんです、あしたどこで逢うんです? ね、そうでしょう、もうこうなったら否も応もない、どうしたって逢わずにゃいられないんだ。(接吻する)

この、言い寄るマイケルとヘレナの場面。戯曲ではヘレナはマイケルを拒絶しようとするけれど、マイケルの押しの強さに拒み切れなくなっている印象じゃないですか。実際、私が過去見た舞台もそういうふうに演じられてたんですよ。でもアンスコさんはこの場面、台詞以上にヘレナがマイケルに言い寄られていることに喜びを感じていることが如実だったじゃないですか。っていうかこの場面を筆頭に(「異人たち」を見た時も思ったけど)アンスコさんはセクシャルな場面を演じるのがむちゃくちゃうまい。でもって、この場面をアイヴァンに(ワーニャに)見られたあとのヘレナのヒステリックにも見える「どうしてもここを発つんだから!」に繋がるのがすごく説得力がある。ここは唸ったし面白かったなー。

ひとりで登場人物全員を演じるために、特有の小道具を割り振っていて、それを手にしているときは誰なのかがわかるというのも面白い見せ方でしたね。会話する二人の人物を同じ役者が演じて、すうっと表情が仮面を取り換えるように「違う人間」になるのとか、いやすげえもの見てるな!とほれぼれしちゃった。約2時間の上映時間、アンドリュー・スコットの至芸を堪能させていただきました。