劇評と観客

KOKAMI@network vol.6「リンダ・リンダ」の東京公演の会場で、鴻上さんが朝日新聞の劇評に抗議する壁新聞を貼りだしたそうだ。そうだ、というのは私はそれを見ていないからで、ただサードステージのHPにUPされた「劇評に抗議する」内容は読ませて貰った。中身はおそらく同じなのだろうと思う。
非常に複雑な気持ちになったしいろいろ思うところもあったのだが、それよりもまず、りいちろ氏のRClub Annex「鴻上氏の抗議について外野から」を、未読の方がいたらまず読んでみて頂きたいと思う。
私が思ったこと、言いたかったことはほぼ全てこの記事の中に簡潔に(しかも的確に)表現されている。もう、付け加えることなんてなんにもないぐらいです。

劇評に抗議する、ということ自体は私は別に構わないと思う。批評というものだってやはりひとつの表現であって、なおかつそれでお金を貰っている「プロ」である以上、「作品に対する批評だから」自分は批評されない、なんて思ってる方はいないだろう(いたらビックリだ)。「批判を書くときほど自分の感性が問われている」というのは、えんぺでの騒動である創り手の方が書かれた名言だが、まったくもってその通りで、それはプロであれネットの無責任な感想であれ変わることはない。

もちろん、劇評に対する抗議は次の作品で、というのが一番格好いいしスマートだけれども、まあそんな「男は黙ってサッポロビール」みたいな幻想を勝手に押しつけるのも時代遅れなのかもしれないし、だから抗議自体は私は別に構わないのだ。

しかしりいちろ氏が書かれているように

もし、鴻上氏の批評に対する抗議が人の心を十分にゆさぶるほど
すばらしいものであれば
それはそれで「ソクラテスの弁明」のように
歴史に残るのでしょうが
今回の鴻上氏の文章を読む限り
そこに存在するのは
やっぱり小学生の口げんかのほうであるような気がして
なりません
また、(鴻上氏の抗議を読む限り鴻上氏には)朝日新聞の記事が
実際に芝居を見た第三者にどのように受け取られるかという
考察が十分でないような気もします

私もまったく同意見で、何に一番がっかりしたかというとその「抗議の内容」そのものなんです。この批評を書いた人物が観劇した日、会場の観客は総立ちのカーテンコールを送ったと書く。それは事実でしょうがしかしそれはその作品に「不完全燃焼を感じた」という批評家に対しては何の反論にもなっていません。会場中がスタオベだったとしても「自分は面白くない」と感じることなど、観客なら誰しも身に覚えのあることじゃないでしょうか?私は「リンダ」では喜び勇んで立ち上がりカーテンコールで熱唱しましたが、そうでない人が居たと聞いても「それはそうだろう」としか思いません。ロミオとジュリエットの最後の演出に対して、黒柳徹子が何を言ったかなど批評と何の関係もない。問題なのは鴻上さんがどのような信念で、どれだけ強い意図を持って最後の演出をしたかであるはずです。

その劇評に対する抗議を、公演中の会場に貼りだしたという行為が、二番目にがっかりしたことです。
鴻上さんが抗議するまで、私はこの朝日の劇評は読んでいなかったし、鴻上さんが抗議しなかったらずっと読まずにいたでしょう。あの「リンダリンダ」の会場を訪れた多くのファンも、おそらくあれを読んでいないか、読んだとしても気にもとめなかったのではないかと私は思います。だけど、鴻上さんがかみついたことであの劇評はその中身以上に存在感を大きくしてしまったのではないでしょうか。そしてそれは、開演前の、終演後の、この舞台を自分のお金を払って楽しみに楽しみに来た観客に対して、「その楽しみにケチをつけられる」ことになりはしないでしょうか。鴻上さんはそのつもりがなくても、「こんなケチをつけた人が居ますよ!」と大音声で宣伝するのと同じ行為じゃないだろうかと思うのは、私の考えすぎでしょうか。HPでの抗議や、SPAでの抗議は、それは鴻上さんの持つメディアだし活用されることに何の異もありませんが、劇場はやはり祝祭空間であって欲しいし、リンダリンダはそれに相応しいお芝居だったと思います。あの芝居を観たあとに、私が何も知らずに会場に貼られた抗議を読んでしまったとしたら、おそらくものすごくあの高揚感に水を差されたんじゃないだろうかと思ってしまうのです。

「リンダ・リンダ」はいい芝居だったし、なにより楽しい芝居でした。たとえ評価が別れていたとしても、あの会場で頬を上気させながら興奮気味に帰っていく観客を、鴻上さんは見ていたはずです。DVDの申し込みに殺到する姿も、パンフを求めて並ぶ姿も、鴻上さんは見ていたはずです。私が何よりも残念なのは、自分で何ヶ月も前からチケットを買い、そのためにおしゃれをし、歌を口ずさみながら帰っていく観客たち、当日券を求めて早くから並び、カーテンコールで飛び跳ねながら熱狂していた観客たちの姿を、どうしてもっと信じてくれないのかということなのです。あなたの芝居の評価を決めるのは劇評家ではない。そういったアンケートも書かない、ネットに感想も書かないただの「観客」ひとりひとりだし、なにより鴻上さん自身なのだということが、あの抗議文からは感じられなかった。それが残念で仕方ありません。