「はたらくおとこ」阿佐ヶ谷スパイダース

  • 厚生年金芸術ホール  K列9番
  • 作・演出 長塚圭史

基本的にネタバレをめちゃめちゃ気にする方ではないんですが、年に何回か「これはネタバレを避けて挑んだ方がイイ」というネタバレ警報が鳴る作品があって、この「はたらくおとこ」もそんな一本でした。それでも「どうやらラストに何かあるらしい」というのはぼんやり分かっていたのですが、そして正直ラストの台詞がくるまでは予想通りなものではあったのですが・・・・いやー、そっちかよ、っていう。あああ、してやられた!

都会の生活を捨てて、東北の田舎で夢のリンゴ栽培に賭けた男たち。しかしご多分に漏れずリンゴ農園は失敗、再起を図ったパッキン工場も失敗・・・。行き着くところが見あたらず、日々何もせず時間の過ぎるのを待つ日々。そこに地元の農協と農薬問題で対立する男の騒動に、ひょんなことから巻き込まれる。消えた工員は怪しげなトラックと共に姿を現し、そうして悪夢のような出来事が次々とドミノ倒しのように起こっていく・・・

前半の、切羽詰まった中にものほほんな空気が感じられる雰囲気がすごく良かっただけに、そのあとに起こる悲惨な出来事がよけい堪えます。とは言ってもその悲惨さが滑稽すぎて笑えてしまうんだけど。豊蜜が農薬飲んじゃうシーンなんかもう、驚いたり目塞ぎたくなったり笑ったり忙しい。でもそんな「こんなシーンでも笑わせるか」な空気も最終盤にはすっかり消える。その、「サリンよりももっとヤバイ」、その積み荷を「喰ってしまえば残らない」といって工場の中に運び込み、茅ヶ崎と蜜雄の二人が手づかみで食べていくシーンがまさに圧巻。役者の熱演もあり劇場中に異様な空気が満ち満ちてました。けして匂わないはずのその悪臭がこちらにまで届いてくるようで・・・ついには夏目までがその積み荷の中身に手を伸ばし口に入れた瞬間、客席が息のんだもんな、思わず。しかしそれにしてもあのすずちゃんからの電話と蜜雄の会話、そして最後のリンゴはもうどうだろう。汚さにまみれたあまりの美しさに殆ど呆然としてしまったよ。

うーんとだからね、私はもうここまでの展開があまりにも凄かったのでその後のいわゆる「夢オチ」かと思わせるシーンが始まったときには「あ〜確かにこれ要らないかも〜」と思ったんですよね。まさかとは思っていたけどやっぱり夢オチなのか!みたいなさ。でもね、夏目が泣き笑いでリンゴのことを考えてたよ、っつった時にああ、そうなんかって、これは夏目と茅ヶ崎の話なんだなって思って・・・そこにあの「赦す!」がきたからねえ。その前の二人で渋いリンゴをかじるシーンで閉じる輪しか私は見えてなかったんだけど、もう一個大きな輪があったんだなあと、どうしても茅ヶ崎に本当のことが言えなかった夏目は、前田くんが話す「渋いリンゴ」の話を聞いて、ずーっとその味(哀しみ)を考えていて、だからこそあの夢の終幕はリンゴで、でも「赦す」という言葉ではじめて彼の箱が閉まるんだよな。でも私はその反面、「赦す」と言った時の茅ヶ崎さんはもうこの世にいないと感じたのだけど、その辺は解釈の分かれるところなのかしら。だからある意味現実は「夢より悲惨」かもしれないんだよなあとも思ったりもして。

夏目と茅ヶ崎のふたりに注目し直してもういっぺん見てみたいというのが正直なところ。中村さんと成志さんの細かい芝居の部分を掬い切れていなかった気がして残念〜。お二人とも芝居の根幹を支える素晴らしい仕事ぶりでさすがでした。中村まことさんはもうとにかくカッコイイし、成志さんは「いいかげんなおっさん」風味もちゃんと漂わせながら、耐えてきた部分も随所に匂わせるところがいい。気持ちが当たり前だけど繋がってるんだよな。かれのあの「しっぶいなあ〜!」はたまらんものがありました。中山さんは卑怯なほどのイッちゃった純朴さを炸裂させてて最高。かわいいよなあああ〜〜〜。あまりのカワイサに彼の育てたげんこつ2号を枯らした満寿夫がもう憎くて憎くて(笑)。松村武さんの渋さも捨て難し。「卑怯」「胡散臭さ」では成志さんの後継者と目されてる(ホントかよ)池田鉄洋さんが、これまた普段の役とはまったく違うまじめ青年でこれも新鮮でした。

長塚さんのお芝居って、いつも長塚さん本人が出てくるのを心待ちにしちゃう部分があったりするんだけど、今回は圭史さんの存在がうまく埋没していたというか、それだけ他の役者で世界を確立させてたってことなんだろうなあと思う。あと、見終わってからなんて世界観をばっちり表したチラシだろう!と思ってそれにも感心してしまいました。