「どん底」

ゴーリキーの「どん底」は未見にして未読。でも面白かったです。3時間15分という結構な長丁場ですが、気になりませんでした。これ以上「落ちるところがない」人々がつかの間見る希望とその喪失。

話の筋を追うという点でも集中して見ていたので、3幕の展開にはかなりひきつけられましたし、それをああいった演出で見せてしまうというのもすごいなあケラさん、と。あそこで、終盤ほとんど役者の顔を見せないって相当な勇気(と、演出家としての牽引力)だと思う。掃き溜めのなかの鶴だったナターシャですが、その実その身に負った不幸は結局のところ自分で引き寄せている部分もあるんですよねえ。あの被害者意識の刷り込まれよう。

段田さんのルカーがやっぱりすごい存在感。緩急のつけ方、聞かせなければならないせりふを確実に客に届けるその力量。たとえば、荻野目さんや緒川たまきさん、江口洋介さんも、あの役者たちの中にあってきっちりキャラを立ててはいるんだけど、ここぞ!の台詞が今までと同じトーンで流れてしまったり、力が入るあまりに聞き取れなかったりという部分もなきにしもあらずで、それを思うとあれだけの台詞量で数多くの対話を劇中でこなしながら、ひとつひとつの言葉を「残る」ように演じていた段田さんは1枚も2枚も上手だなあとほとほと感心。

パンフレットの解説では4幕は当時の観客には不評だったらしいのだけど、私は4幕がすごい好きです。ルカーはどん底にいた彼ら彼女らに「希望」という厄介なもの、ないと思っていれば、それはそれなりに日々を過ごせたのに、一度見つけてしまうと、なかなかそれをあきらめることのできないものを残していくんだけど、その彼の落とした波紋を4幕では見ることができるんですよね。ケラさんがオリジナルで書き足したというセルゲイという人物も効いていたなあ。4幕の三上さん演じる男爵、よかった。ああいう三上さんて見たことないかも。

若松さんの異形っぷりは相変わらずすばらしいし、その若松さんと夫婦と言われて思わず頷いてしまう荻野目さんのワシリーサも濃いのなんの。大森博史さんのサーチンも素敵だったなあ。若い役者が集まりがちなプロデュース公演が多い中で、ほんとにすてきな「ナイスおじさま」な役者が右を見ても左を見ても花盛りでうれしいったらないっていう。江口さんはそりゃもちろんうまさって点ではかなうべくもないってところはあるんだけど、初舞台の時も思いましたけどあの人、声がいいんですよ。すごくよく通るし、存在感のある声してる。これは本当に生まれもった財産なので、これからもどんどん舞台を踏んでいただきたいなあと思います。なんてたって掛け値なしにいい男だしね!