「サッちゃんの明日」大人計画

トラムで大人計画が見られるうれしさ。
松尾さんからするとタイミング的に合いすぎちゃったなあ、という感じもあるのかもなあ、と思いつつ、でも時事ネタっていうほど時事でもないよなと思ったり。まあたまたま逮捕された芸能人が女性かつ逃避行の末という劇的要素があったからなんか祭った感じになってるけど、今に始まった話じゃない、みたいな。
私はそれよりも、主人公のサッちゃんという人間の造形を松尾さんがどうやって作り上げたのかという方に震撼せざるを得なかったというかね。30過ぎの独身、真面目で明るくて人当たりがよくて顔もそこそこかわいくて、パッと見「ほっておけない」ほどの不幸要素も滲ませたりして。だけど本当は見くびったり見下したり、おおっぴらに言えない性的欲求をエロサイトめぐりで晴らしていたり、そんな自分の価値を「葬式の時にどれだけの人が私のために悲しんでいるか」をバロメーターにしか図れない、そんな女。
そんな女は、フィクションの中にしかいないと思ったら大間違いで、そもそも、私は世の中の半分以上がこういう人間なんじゃないかって思うよ。すくなくとも、私は「人間ってそういうもんだ」とどこかで思ってる。だけど、だからこそそういう人物を「フィクション」の中で見ることはとても少ない。それだけに、松尾さんがこういう人物をど真ん中に持ってきたことに舌を巻きました。
サモアリのお二人がほんとにいい仕事師っぷりだったと思います。マイラブ小松さんはある意味極端な役ではありましたが、安い同情をいっさい引き起こさせない演技で、松尾さんの要求にしっかり応えているなあと。家納さんの「堕ちた女」っぷりもすばらしかった。被害者のようでありながら、実はもっとも強か、でもあの漂う不幸の影。蘭々ちゃんのある種人形のような佇まい、ある意味あの空っぽさに助けられている部分もあるのかなあ。あの役をもしもっと肉体的にリアルな役者が演じていたら、ちょっといたたまれなさすぎたかも。
猫背さんも相変わらず最高だった。あの「やるき茶屋だよ」とか、なんでもないことでもあの人が言うとすごい高確率でツボにはまる。宮藤さんの細い手足をひらひらせた怪しい男もよかった。得体の知れなさという点では薄味だったけど、ダメっぷりという点では満点だったかと。
今回は皆川さんがずいぶんなキーパーソンだったなあ。すばらしい台詞がいくつもあった。「心がすさんでるから、もうやさしくされてもわからない。そうするとインパクトのあるほうあるほうに転がっていくだけだからね。幸福よりも不幸の方がインパクトでは勝ってるから」「あいつは自分の障害というものに対する同情を武器にしているだけだよ」。中盤の、生姜焼き定食を持ってきたあとの「冗談で作らせたのか!食べろよ!冗談になっちまうだろ!」っていう台詞がすっごくよくて、それが終盤でもう一度出てきたときはぐっときた。
今はめんどくさい、明日考えよう。まるで「風と共に去りぬ」のラストみたいだ。でもきっと明日も考えない。あさっても、その次も。それでも明日はやってくる。だから今はごはんを食べよう。明日のために。何も変わらないかもしれない明日のために。その気の遠くなるようなローテーションが、きっと「生きる」ってことなんだろう。