「おのれナポレオン」

あの野田秀樹が純粋に役者として三谷幸喜の芝居に出る、組み合わせどうこうよりもまず「野田さんが他人の作品に出る」ってだけでどんだけレアなんだよ。そりゃチケ取りにも必死になるってもんだよ。
以下畳みませんが、これからご覧になる方はお気をつけください。

野田さんを役者として使うという構想ありき、からスタートしている作品とのことですが、まあ何はともあれ野田秀樹に「ナポレオン」という役をやらせるというその一点でまず1本、という感じ。セントヘレナでのナポレオンの死に疑問を抱き、当時の関係者を尋ねてくる人物に対し「籔の中」よろしく登場人物それぞれに「ナポレオン」という人物を語らせ、いよいよ本人登場、となって出てくるのが…あれだもの!わかっていたのに、わかっているのに、出てきた瞬間「小さい…!」と独りごちてしまうほどでしたよ。そしてあのお得意の高音で「潮が、満ちるー。」ああもうしてやられた。

子供じみた、と言ってしまえば簡単な、稚気と我が侭と気まぐれと、そしてそれを凌駕する天才性を持った人物。まさに野田秀樹その人ではないですか。その天才がゆえの栄光と権威を持つ人物がこんなこともあんなこともする、だから余計おかしい、これもまた野田秀樹その人ではないですか。かつて「オケピ!」が岸田戯曲賞を受賞したときの選評で野田さんが「三谷さんの作品のうまさは場所取りのうまさ」と評していたのは記憶に新しいところですが、今回も「野田秀樹を役者として使う」というタスクに対して「ナポレオン」という場所取りをしたそのうまさにはやはり舌を巻きます。

基本的にはフーダニットなミステリの構造ではあるんですけど、謎解きは物語のガイドライン的なところであって「誰が?」というのを純粋に楽しむ、というところは薄いかな。しかし、チケットが激戦になるのもむべなるかな、という芝居巧者ばかりを揃えているだけあってなんでもない台詞の応酬も飽きさせませんし、物語の畳み方の強引な部分もおもしろくみせてくださるところがさすがです。あーほんと、舞台の上にヘタな役者がいないってすばらしいな!天海さんや耕史くんのがっつりコスプレを楽しめるのもよかったです。

どセンターの席だったので、ラストシーンで舞台を照らす照明も含めて、セットすべてがチェス盤に見えてくるあたりの効果は抜群でした。

パンフレットの三谷さんとの対談の中で野田さんが、役者としての自分はどこかで引き際を考えていたこともあったが、勘三郎さんの(勘九郎時代の)夏祭浪花鑑を観て「やっぱり役者を続けよう」と思った、という話をされていて、その言葉がすごく嬉しかったです。