「イーハトーボの劇列車」こまつ座

井上ひさしさんの代表作ですが、舞台は初見です。戯曲を昔、読んだことがあるような、気がする。ともあれそんなレベルです。

22歳から35歳までの宮沢賢治、かれが故郷花巻から東京に向かう列車の中と東京での風景を4つの時点で切り取って見せる構成。さすがに名作と名高い戯曲だけあるというか、やっぱり完成度が段違いですね。繰り返される光景だからこそ、「違う景色」が浮かび上がって見えてきます。賢治の作品からモチーフを得たとおぼしき登場人物たちとの列車のなかでのやりとりの様相もすごく効いていますよね。お国訛りでのやりとりが多いですが、意味はきちんとくみ取れる感じでした。

その4度の賢治の上京は、そのたびごとにある種挫折を経験することになるわけですが、そうして最後に賢治が辿り着いた境地のようなものがほんとうに心に沁みました。それまでの賢治には高く掲げる理想はあるが、血の足のついた「理」はない。だからこそかれの父親やかれを追いかける刑事にその足元を掬われてしまう。けれど、自身が病を得て、そして「自分はなにものにもなれないかもしれない」という現実と向かい合って、そしてようやく気付くこと、自分がこの世界における一番の弱者、でくのぼうだと自覚することができたら、そこから世界が変わるのかもしれない。その言葉には胸を打たれるものがありました。私にとっての宮沢賢治は(多くの人にとってもそうかもしれませんが)、理想家としてのそれではなく、あのたくさんのきらきらした物語をものした作家であって、だからこそ賢治が人の強さではなく、弱さに暖かいまなざしを見せるところがとても印象に残りました。

井上芳雄さんというとミュージカル界のプリンス、というイメージですし実際今でも現役バリバリのプリンスですが、こうしたストレートプレイでも存分に魅力を発揮されていますよねー。繊細ではあるがどこかに芯のある青年の佇まい、あの病床での線の細さ、お国訛りで口角泡を飛ばして議論する熱さ、どの賢治もたいへん美しく、楽しく拝見することができましたです。その賢治を「大人」の理論で粉砕する辻萬長さん素晴らしかったなー!言葉の重みもさることながら、その踏んでも叩いても潰れないと思わせる地に足着いた言葉の数々に、下宿屋のおかみさんじゃないけど思わずお手玉あげたくなっちゃいますね。

そして見ながら私はほんとにこの手の役者さんが好きなのね…としみじみしたのが、福地第一郎をやった石橋徹郎さん!妹を愛しすぎちゃってる「先の見える男」、この手の濃いキャラ大好きですし、それをズバーン!とど真ん中で演じて下さっててほんと見ていて楽しかったです。「銀河鉄道の夜」の車掌を彷彿とさせるみのすけさんの車掌もよかったなあ。というか、みのすけさんてどこか周囲から浮いた佇まいがあるひとだと思うんですけど、それがこのあの世とこの世の端境、みたいな役割を担うのにずっぱまっていたなあと思います。

童話集「注文の多い料理店」の序文をもじった口上の美しさ、そして最後に語られるこの列車の意味。こわくない、こわくないと言い聞かされるフレーズにちょっと涙が出てしまったなあ。一度は拝見したいと思っていた舞台でしたので、念願かなってうれしかったです。