「贋作・桜の森の満開の下」NODA MAP

89年初演から、歌舞伎版もふくめて野田秀樹の手がける五度目の「贋作・桜」、初日に拝見してきました。今後パリ公演を経て大阪、北九州、そして再び東京と長いスパンの公演なので、自分の観劇はまだまだ先だなあ~という方はご覧いただいてからお読みくださったほうがよいかもしれません。

タイトルの通り、坂口安吾の「桜の森の満開の下」、そして「夜長姫と耳男」を下敷きとした作品です。桜の森の下で名人への近道をたどってヒダの王国にやってきた耳男は、夜長姫と早寝姫、ふたりの姫を守護するミロクを彫り、他のふたりの匠と競い合うことを求められる…って、ふふふ、原点にかえってあらすじを書いてみようとおもったけれど、どだい無理なはなしだった!(投げるのが早い)

演出面で過去の上演ともっとも変化した点はなんといっても使用楽曲を総入れ替えしたことではないでしょうか。歌舞伎版でさえそのまま使用されていた音楽も今回はすべてオリジナルスコアに差し替わっています。パリ公演があることを意識しての選択かな~。たしかに、既存曲を使用するのはイメージの固定につながってしまうかもしれない。オリジナルスコアも、雰囲気としてはもともと使用していた楽曲のトーンを踏襲しているので、雰囲気に大きな変化があるという感じではなかったです(パンフレットにそれぞれのテーマ曲名と作曲者一覧あり)。

舞台前方に下手に向かって傾斜のついた張り出し舞台があり、そこからの出ハケがけっこうありました。あれ、花道のイメージなのかなあ。だとすると、今回の大阪公演のコヤが新歌舞伎座なのが俄然楽しみですよね。桜は大阪でかかるときは南座中座そして新歌舞伎座と、いつも花道のあるコヤなのがたまらない。

舞台中央に大きな桜の木があって、そのうしろにも空間がある装置だったので、上下(かみしも)にハケるのとその桜の木の奥にハケるパターンとあったのがよかった。動線が左右だけでないの大事。大きな紙を使ったり、伸び縮みする紐を使ったり、あとなんといってもあの布遣い!ひさびさに野田さんお得意のあのたっぷりした布を多用した演出がたくさん見られたのもうれしかったです。

ツイッターでも書いたのだけど、この演目には本当に思い入れがありすぎて、こじらせ寸前というかいや完全にこじらせ満開だったわけですが、昨年歌舞伎版が上演されて長年の怨念というか執念というか、そういったモロモロが浄化、成仏したようなところがあり、この初日もどこか新しい作品を観るような気持で観られたのは自分にとってすごくよかったことでした。

そういう新鮮な気持ちで見てあらためて、この作品の何がいちばん好きか?と言われると、それはやはりこの圧倒的な美しさに行きつくんだろうなと思いました。その美しさと、その裏側にあるただ孤独、ただぽっかりとなにもないその静寂、そこにただじっといて、どこへでも参れる者たちが見つめる彼岸、その混沌。17歳でこの芝居を見たとき、私はなにもわかっていなかったかもしれないけれど、でも同時にいちばん大事なものはその時にちゃんと受け取っていたんだなあと思います。好きなものは、呪うか、殺すか、争うかしなくてはいけない…。

これ以上ない、と思われるほどのキャストをそろえての上演で、夜長姫の深津絵里さんは17年前に続いてのキャスティングになったわけですけど、いや本当に素晴らしかったですね。登場のシーンの笑い声が毬谷さんにそっくりで、近づけること、似ることを全然おそれてないというか、むしろ寄せてきている感すらあった。パンフのインタビューで、毬谷さんの夜長姫から生まれたものがこの作品にはあって、それは自分にとってとても大事にしたいものなのだ、ということを仰っていて、いやもうすげえなと。こんな肚の据わった女優いるでしょうか。最後の耳男との対決、今までは客席に背を向けて耳男と対峙し、舞台奥でこちらを向くと鬼面になっている…というパターンだったんですけど、今回は桜の木の下に立っている夜長姫が一陣の風(これを紙で表現する)にあおられると鬼面になっている…というのがんもううううぞっとするすばらしさで、深津さんの深い声とコケティッシュさ、少女のようでもあり老婆のようでもある佇まいとあわせて忘れられないシーンのひとつです。ほんとうにすばらしかった。どれだけ言葉を尽くしても言い足りません。

妻夫木くんの耳男、野田さんはぜったい妻夫木くんのあの独特な明るさを持つ声を気に入って、大事におもってらっしゃるんだろうなと思うんですが、その魅力が耳男という役にスパッとはまっていたなあと思います。あの最後の夜長姫とのシーンね、あそこでヒメに取りすがって泣くというのは今までにない見せ方で、これも妻夫木くんの耳男のどこか歪みなさ、子どものような明るさがあるからこそぐっとくるシーンだなと思いました。オオアマの天海さん、いやもう「麗人」を絵に描いたらこうなりました感がすごい。美しさではダンのトツです。後半もオオアマの冷酷ぶりというよりは貴人の苦悩ぶりがぐいぐい感じられるキャラクターになっていた感じでした。マナコの古田さんも17年ぶりの続投、ご本人も好きな役でしょうし(いやマナコ好きじゃないひといないでしょ)(暴論)、殺陣もあり、銀座のライオンの台詞も残り、初日でもちゃんとファニーな空気を舞台に創り出していて、千両役者だねぇ~相変わらず~と感嘆。

成志さん、藤井隆さん、大倉くん、秋山菜津子ねえさんで鬼カルテットなんだけど、こんな豪華なカルテットありかよっていうね。初日ですでに楽しそうでした。ハンニャのキャラに「やたら哲学的な用語ふりまく」って要素が加わっていて、チェーホフいじりがめちゃくちゃウケていた。野田さんも楽しそうにヒダの王をやってらっしゃいましたし、銀粉蝶さん門脇麦ちゃん、いずれも盤石。ほんとにすごい座組ですよね。

演劇というものに出会ってまもなくこの芝居を観て、ほんとうにずっと忘れられなくて、あの降りしきる桜を観ていると、その30年前の自分が思い出されるようでもあり、こうしてずっとずっと好きでいさせてくれ、夢を見させてくれた芝居を胸の中に抱きながら観劇人生を送ってこれたこと、大げさでなく人生の幸運だったと思います。大阪公演も拝見する予定なので(上本町に再び野田秀樹が!それだけでおセンチの花咲き乱れます)、花道のあるコヤというのも含めてどんな「贋作・桜」になるのかとてもとても楽しみです。

最後になりましたが、昨年歌舞伎版をご覧になった方(卒論・修論坂口安吾をテーマにされたそう)が書かれたblogのリンクをはっておきます。エントリは3つ。何度読んでもすばらしく、この舞台の一端を掴みたい!と思う方にはこれ以上のガイドはないのではないでしょうか。ぜひご一読を。
meyyou.hatenablog.com