「ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結」

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デヴィッド・エアーの「スーサイド・スクワッド」見たのがついこの間のことのような…ってマジで5年前なのでこれはついこの間だった。続編というスタンスになるのかな。今作の監督はジェームズ・ガン

ヴィランだけを集めた極悪党集団、首に爆弾を仕込まれ後戻りできない背水の陣を敷かれて極秘重要任務に向かうアウトローたち…というのはもちろん今回も同じなんだけど、のっけから「そのへんもう皆さん把握してると思うんでサッサとやります!」とばかりに話が進む。話が進むにつれて、どんどん死ぬ。いやもう、軽い軽い、命が軽い。R指定だけあって、ゴア表現も惜しみない。首も飛ぶ血も飛ぶ人間も動物も等しく死ぬ。「そういうテンションの作品だな」と思って見ないと心のシャッターが閉まりかけるあれです。

映画なんだから当たり前だけれど、命が軽いとはいっても「軽くない命の描かれ方」も当然あるので、その辺の折り合いを(心の中で)どうつけながら見るかっていうのと、あとこれは前作も思ったんだけどこう、映画として描く以上どうしても主要人物がヒロイックになる部分がありますよね。そうじゃないと成立しないしね。まああれだ、悪党?なのか?このひとたち?というそのアイデンティティーの揺らぎがありますよねどうしても。

そういう意味では今作のピースメイカーはすごくいいポジションだった。正義のためにはどんな悪いことでも平気でやる、というその天秤のアンバランスさがキャラクターを立たせていたと思う。リック・フラッグとのバトルは善と悪が綯交ぜになる感じも含めてむちゃくちゃ見応えがありました。

アマンダ・ウォラーはある意味「こいつこそヴィランだろ!!」と思ってしまう役回りなので、あそこで鉄槌を下されるのはこの映画のハイライトのひとつだなーと思いました。スターロ大王との決着のつけ方、「もっとも小さきものが…」というロード・オブ・ザ・リングの名セリフを思い出したとか思い出さなかったとか(思い出したんだよ)。

あのお父さん(ラットキャッチャー1)がタイカ・ワイティティなのすげえし、なにがすげえって売れっ子すぎじゃんよ。イドリス・エルバはもう何をしててもかっこいいですね。ブラッドスポート、あのフルフェイスマスクも、ギミックいっぱいのスーツも最高にアガったし、またイドリス・エルバがそれを着こなしちゃうからなー!

ハーレイ・クインもアクション盛りだくさんでよかったけど、あの将軍とのあれこれは…要ったのか…という気がしないでもないし、DC映画における彼女のキャラの肝とでもいうべきポップな毒が鳴りを潜めてしまった感があった気がして、そこはちと残念でした。