「電車男」

  • シアタードラマシティ 補22列42番
  • 脚本・演出 堤幸彦 共同演出 大根仁 脚本 三浦有為子

ある人がこの舞台の感想で書いていたのだが、「電車男はスレ住人と電車男の物語だと思っていたのに、メディアに登場してからはすっかりエルメスと電車の恋物語みたいになっている」。ほんとにそうだ。この有名になりすぎた物語の原作(というか、2ちゃんスレッド)には、本当の意味でエルメスなんて出てきてないと私も思う。出てくるのは電車の語る「エルメスたん」だけだ。だからこそ、エルメスを登場させないこの舞台版の「電車男」は、「2ちゃんねる電車男」を最も忠実に表現していた舞台になっていたと思うのだ。

舞台は中央に電車の部屋、そして左右ともに3つの部屋が積み重なっていて、それがそれぞれ毒男の部屋になっている。登場人物たちはその部屋の中でPCに向かって喋り、その文字やAAが中央のスクリーンに映し出される仕組み。

文字を追うにはスクリーンを見たいし、でも舞台上では本物の役者さんが演じてるし・・・で、視線のおき方に戸惑いつつも、私はかなりの後方席だったので、基本スクリーン、ときおり各毒男を観察、みたいな感じで見てました。表情がスクリーンに映るのは、普通の演劇じゃ邪道なのかもしれないけど、この物語にはすごくはまった演出だったと思う。

基本的には電車の書き込みにスレ住人が突っ込む、という形なんだけど、河原雅彦さん演じるエリートサラリーマンだけはある種狂言回しのような役割も兼ねていて、みっともない男たちのみっともない姿をROMって満足感を得るためだけにスレを覗いていたこの「イケてる毒男」がいかにしてこのスレにのめり込んでしまうか、というのも大きなサイドストーリーとして用意されている。その他にも、場面ごとにそれぞれの住人のバックボーンがモノローグで語られたりする場面も差し挟みつつ。

元スレの重要なエピソードをうまく脚色して刈り込んでいるのもさることながら、この「イケてる毒男」のエピが本当にすごくよく効いてる。ROMだった彼が「HERMES」を知らないスレ住人に思わず「それはエルメス」と初カキコをしてしまうときなんか気持ちわかりすぎるし、ついついその後も電車に的確かつ親身なアドバイスをしてしまう姿もおかしい。

なにより、エルメスとのあまりのスペックの違いに完全自信喪失する電車を、毒男たちが叱咤激励する場面はある意味元スレよりいいかも、と思えたぐらい良くできていた。鈴木一真さん演じる、2ちゃん語しか喋らない男が「お前は死ね!二度死ね!!」「人生でいちばん必死になれ」「エルメスんち行きのチケットなんか誰も売ってくれないわけ!」と、元スレでの数々の名言織り交ぜて狂ったようにPCを叩く姿もよかったし、そこで「変わるのは怖いが、変わらないのはもっと怖い。変わらないのは檻を作ってしまうということ。それに慣れてしまうと、誰かに手を差し伸べられてもその手を取ることが出来ない、そこから出る方法もわからなくなる」と語り出す河原さんの言葉が沁みる。

「でも、最初に勇気を出したのは、変わる前の自分。」
「お前は凄い、凄い、凄い、凄い、凄い奴なんだよ!!!」

冒頭で河原さん(すいませんもう役者名で)は、電車に向かって頑張れ、と言うスレ住人を冷ややかに見つめ、「おれは頑張れという言葉が嫌いだ」とひとりごちる。その彼がこのシーンのラスト、万感の思いをこめて、明日告白するという電車に向かって言う
「頑張れ、電車男。」
の台詞は、ほんとうに泣けた。

秋葉系だったころの電車を武田真治くんがやって説得力あるのかしらん、と最初は思ってたけど、ダサいっつーより挙動不審な感じが全開でこれはこれでアリだなと。変身後(笑)が格好良すぎるのはお約束。毒男のキャラ全員すごく良くて、会話の面白さだけでも充分元が取れるほど笑わせてもらったなーという感じ。モロ師岡さん、最高だったなー。小須田さんにそっくりと巷で噂の佐伯新さん、舞台で見るとそうでもないけどパンフのお顔は確かにそっくり。妙な知識に詳しいうざめの男がハマってました。この舞台、PCを見ながらのモノローグなのにそれがダイアローグに画面上でなる、という状態でずっと続くので、役者さんはいつもと違う神経を要求されているんじゃないかなあ。

私はこの「電車男」の物語が本当にあった話なのか、それとも誰かの壮大なネタなのか、この後二人がどうなったかとか、そんなことには一切興味がないし、どうでもいいと思ってます。確かにこれは現実の話じゃないかもしれない、だけどこの物語には「真実」があります。それがなによりも、多くのメディアでこの物語が受け入れられてきた理由じゃないでしょうか。そしてこの舞台版電車男は、その「真実」というやつを私達に感じさせてくれる舞台になっていたと私は思います。