「帰還不能点」劇団チョコレートケーキ

  • AI・HALL H列15番
  • 脚本 古川健 演出 日澤雄介

劇団チョコレートケーキの新作。いやー傑作でした。観ながら、もちろん舞台に集中しているんだけど、これは自分はいまめちゃくちゃ突出した演劇作品を見ているな…と自覚できちゃうようなところがありましたね。

大日本帝国下において実在した「総力戦研究所」の同窓生が、戦後亡くなった同窓生を偲んで旧交を温めつつ、「あのとき」を振り返る…という構造をとっていて、この視点がまず慧眼の極みとしかいいようがない。総力戦研究所という題材のピックアップはもちろん、その時代にいる彼らを描くのではなく、戦後という視点から振り返る、かつあくまでも「酒場の余興」といったテイで過去のなぞらえが進んでいくというのがむちゃくちゃ効いてましたね。こうすることで、観客はある意味彼らと同じ視点で振り返れるんですよ。その時代の彼ら、を描くと結果を知っているのは観客側だけになり、ともすれば登場人物が過剰に狂信的な人物にみえるきらいがあるけれど、この構図では最初から現実と一線が引かれているのがまずよかった。

さらに「酒場の余興」という構図だから、その「日本が戦争に流れ込んだ」時代の振り返りを役者陣が入れ替わり立ち替わり演じていくのもすばらしいアイデア三国同盟独ソ不可侵条約あたりの顛末を漫才風にやってみせるところ、いや面白すぎてふるえがきたわ。そう、今回何が素晴らしいって、この相当に重い題材を重いままで手渡すのではなく、演劇として、エンタメとして、そうすることで届く高みが、渡せる重さがあるはずだ、という志で貫かれていることだとおもう。劇団メンバーだけでなく客演陣も皆みごとというほかなく、言ってみれば間断なく劇中劇が繰り広げられる展開であっても観る側に混乱をいっさい生じさせなかった。

もちろん、相当に単純化した描き方であるとはいえ、歴史とは作用と反作用である(私の高校時代の恩師の言葉)ということを、そしてこの国がついこの間(歴史においては80年、100年というのはついこの間でしょう)、その作用反作用のなかでいかに戻れないある河を渡ったのか、がきちんと整理されて提示されるのもすごいとしか言いようがない。

冗談抜きで、これを教育現場での題材にしてもいいのでは?と思ったなあ。過去を知ることでしか得られないものって絶対あるけど、それには手渡し方も重要で、この作品は(最終盤までは)ある意味過去に対する批判的視点で描かれているので、見る側の拒絶反応を引き起こしにくい。手渡すことに成功すれば、そのあとの自問は受け取った側の人数だけあって、その深さも角度もそれは千差万別だろうけど、「考える」ってところに到達させるにはこういう作品が入り口になってもいいんじゃないかって思います。

個人的には山崎とその妻をフックにしなくても描ける作品ではないかという気はしました。『聞き手』はべつに女性に限らなくてもいいし、岡田の慚愧の念は山崎を通して仮託しなくてもじゅうぶんに伝わるところなので、そのほうがシンプルになったかもしれない。市井のひととして誰かを出すなら、もう少し痛烈な台詞があってもよかったかも。とはいえ、作品として相当に傑出したものであることは言うまでもなく、ぐっと集中した客席で2時間、観劇の醍醐味を存分に味わわせてもらいました。次回公演も楽しみです。