「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」


監督ダニエル・クワンダニエル・シャイナート。A24最大のヒット作、全米公開はずいぶん前だったので(つまり賞レース狙いの公開じゃハナからなかった)漏れ伝わる評判に公開を楽しみにしていました。そしてついに先日、アカデミー賞作品賞を受賞!!!おめでとうございます!!!

不思議な映画だったなーと思う。自分でも思いがけなく、終盤かなりの勢いで落涙してしまい、それも「なんかわからんが気がついたら泣いてた」という感じで、自分でも自分がそんなに泣いたことにビックリした。だからといって、誰でも捕まえて「なんでもいいから絶対見て!!!」みたいな感じではなく、「私は好きだけど~!」みたいな、俺はいいけどYAZAWAはなんて言うかな的な構文になってしまうのはなんでなんだろう。たぶん、あんなに壮大な世界を描いているようでも、実のところむちゃくちゃミニマムでパーソナルなものを手のひらに乗せるような作品だったからじゃないかって気がする。マルチバース、アルファ、数多の並行世界の自分、世界の終わり…そうした壮大なものと、確定申告を目の前にしたある家族の心のやりとり、それが同じ温度で語られていて、それってもう、ある意味ひとつの詩ですよね。

人生は選択の連続で、その選択によっていろんな世界が分岐して、それぞれの世界に自分がいる。映画の中でエヴリンはアルファ・ウェイモンドにこう言われる、全部の選択肢で失敗した方を引いたのが今のきみだ、と。
ギャーってなった。なんなんだそれ。それって…それってむちゃくちゃキッツいじゃないか。
でもエヴリンはそれを引き受ける。引き受けて、それがどこでも、どんな世界でも、自分が掴んでおきたいものは何なのか、そこから目をそらさない。
だからどこへでも行けるのだ。
キッツいけれど、でも、どっこい生きてるのだ。
エブリシング・エブリウェアって、強引に訳せば森羅万象ってことで、つまるところ私にとってエブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスって、森羅万象乗り越えて、どっこい生きてる石の中って映画だったなとおもう。
そんで私はそういう、生きてることそのものへの肯定を語られることにものすごく弱いのだ。

ジョブ・トゥパキがエブリシングベーグルを指して、結局のところこの人生はクソで、本当に輝く瞬間なんてほんの一握り、というけれど、そしてジョイも同じことを言うけれど、エヴリンがだったらそれを大事に持ってるわ、っていうのが、完全に私の人生における「ばかばかしさの真っただ中で犬死にしないための方法序説」と一致していて、そのことにもすごく胸を打たれた。

マルチバースに存在する自分へのジャンプのきっかけが「くだらなければくだらないほど遠くに飛べる」っていうのもちょっと示唆に富んでるところあるよな、と思う。思うけど、ただ単にくだらなくて下品なことをやりたかっただけかもしれない。それでも全然いい。わざわざあんな下品な「きっかけ」にしなくてもいいのにって言われそうだけど(あんなのやろうと思えばいくらでもカッコよく作れる)、でもどこに創り手の魂が入ってるかなんて、我々にはわからないもんな。

ジョブ・トゥパキは母親からの抑圧によってジョイの中にうまれたもの、みたいな寓話的な見方ももちろんできるよね。ジョイのことを考えたら、そら世界なんざ滅べやぐらい考えたことも一度や二度じゃなかろうもん。あの祖父の前で恋人のことを「友達」と紹介しちゃう母親、絶対やったらアカンことをやってて、ただこれしんどいのが、言ったエヴリンもそのひどさをわかってる、ジョイはエヴリンが本当はわかってることをわかってる、わーー!しんどーー!!全然無理解でいわゆる毒親だった方がまだ切りやすいまである。だからジョイが離れようとするのも納得だし、でもあのエンドで私は嬉しかった。いられる余地があるのなら、居場所なんてあった方がいいもんね、ただでさえ世界は荒れ狂う波のようなんだから。

並行世界にいる「自分の特技」を引っ張ってくるの、並行世界インストールみたいで単純に面白かったし、「演技」ってそもそもそういうものかもしれないなっていう暗喩にも思えてくるのが面白い。たくさんある並行世界のなかでまさに女優となっているエヴリンがいて、それはミシェル・ヨーの姿と重なるって言うか、メタ構造的な面白さもあったな~。ミシェル・ヨー、本当にすみずみまで輝いてて、あのアクションのかっこよさも含めて、こんなにも彼女が成してきたことが年輪のように見えるキャラクターあるだろうかってホント、感動してしまいました。

衣装の変化もなにもなく、シームレスにアルファと「この世界」を行き来するキー・ホイ・クァン、素晴らしかったな~!彼自身の人生の紆余曲折も含めて見ちゃうところがどうしてもあって、だからこそあのみんな親切にって台詞むちゃくちゃ響いた。愛は負けても親切は勝つ。ウェイモンドってどの世界でもそういう人だったよな。タキシードのシーンの色気ぶんぶん丸っぷりったらなかったぜ。ステファニー・スー、鬱屈を抱え込んだジョイの陰影と、キマりにキマりまくったジョブ・トゥパキでのオールラウンダーぶり、どっちもむちゃくちゃかっこよかったです。監察官のジェイミー・リー・カーティス、彼女とエヴリンの他バースでのパートナーぶりもよかったけど、あのコインランドリーでエヴリンとひととき気持ちを分かち合う場面が何より好き。

いろんなことが鮮明に刻まれているような、同時にもうすでに曖昧模糊とした記憶になっているような、鑑賞してから1週間になるけどまだ不思議な感覚が抜けません。面白かったな。面白かったし、ヘンな映画だった。好悪も含めてこの映画の印象って本当ぜんぜん違いそうだし、それはとりもなおさず、この映画がきわめてパーソナルなものを核にしているからなのかなと思いました。いずれにしても、得難い映画体験だった!それに尽きる!!