「アテルイ」  新感線

2000年夏大評判を呼んだ「阿修羅城の瞳」を受けて、ふたたび新橋演舞場に戻ってきた新感線&市川染五郎のタッグ。舞台を古代日本に求め、伝説の蝦夷の長、阿弖流為征夷大将軍坂上田村麻呂の宿命の対決を描いた物語。

まず舞台全体の感想から。なにはさておきエンターテイメントとして第一級の作品ですねえ。すごく良くできた舞台だなぁと思いました。魅せる、楽しませることに関して本当に新感線の右に出るものは居ないかもと思わせます。まあ新感線の舞台は大抵エンターテイメントとしてのあるレベルは常に超えてはいるのだけど、今回さらに良かったのは舞台に独特の「空気感」を創り出すことに成功していたこと。酔わせてくれるとでもいうのかな。その「空気」を創り出すことに成功しているからこそ、(セリフでは)なんの説明もないラストの祭りのシーンがただ泣けるのだと思うんだよね。

構成としては、もうとにかく二幕の出来が素晴らしいです。一幕の切れも絵的、構図的にはかなりゾクゾクくるものがあるんですが(しかし一幕だけを引くのなら「阿修羅」の一幕の完成度の方に個人的には分がある気がする)、二幕に入ってからの疾走感、舞台全体を覆う悲哀と物語のダイナミズムは引き込まれずにはおれません。後半は笑いも絞り、これは全体を通してですが歌も全く入りませんが、ことこの「アテルイ」に関しては正解のような気がします。個人的にあんまり歌好きじゃないってのもあるけど(笑)。でも阿弖流為や田村麻呂、烏帽子の感情の流れは歌に託さないで正解だったような気がしますです。

あとは部分的な感想になりますが(そしてここからが長い・笑)まず最も好きなシーンといわれたらやはりそれは文句なく荒覇吐と阿弖流為の闘いのシーンでしょうねえ。烏帽子が鈴鹿を斬り、正体を明かしてからの西牟田嬢の出来は本当に見事の一語に尽きます。凄いです。もう。私が見た日は西牟田さんの声が嗄れ気味で、中盤ちょっと苦しいかな?と思わせる部分もあったんですが、この役の肝の部分であの圧倒的な迫力!(声もここは凄くよく出てるんですよ。さすが!!)あの荒覇吐の最期は私が知る限り新感線史上最高のラブシーンだと思います。あの「…口ばっかり。」は泣けます。神として阿弖流為を愛でた口惜しさと、女として阿弖流為を愛した情を感じさせて凄いです。個人的にはここだけ何遍も見ていたくなるぐらい好きなシーンでした。

前半の大きな山場である名乗りのシーンもかなり好きです。初回が2列目の中央だったので、名乗りの部分はお二人の姿が振り返らないと見えないのですが、染様の「阿弖流為だ。俺の名は、阿弖流為!」の声だけで実際鳥肌立ちましたよ。名乗りの部分だけでなく「両雄」を描いているのでセリフも対になるものが多く、そういうのが個人的には大好きなので嬉しかったなぁ。蝦夷と大和の戦のシーンとかね。そうそう、あそこで回り舞台のセットを駆け上がって高みに現れる染様の姿はわかっていても毎回ぞくぞくきてしまいました。

後半は基本的にほぼ泣き入りっぱなしな感じはあるんですが、それでもラストはもうちょっとベタに走っても良かったかなぁという気はしないでもない。田村麻呂は基本的に「情」が強く現れるシーンが少ないので(殆ど鈴鹿絡み)、阿弖流為の最期は田村麻呂の情をもっと感じさせる作りでもよかったような。まあしかし最後の祭りがそれを補ってあまりあるんですけれども。個人的にはもうここは泣けて泣けてしょうがなかった。わけもわからず涙が出ました。あの祭りに興じる人達の姿が現在と重なって、そして今でも阿弖流為は北の民を見守り続け、田村麻呂は阿弖流為との約束を守り続けている、それを感じさせる素晴らしいラストだなあと。

ではそれぞれのキャストの感想を(まだ書くか)。上で触れてない人から行くとまずなんと言っても植本さんでしょうか。この人も本当に上手い。扇で顔を隠す所作、手の動き目の動き、細かい部分まで完璧に行き届いてますよねえ。阿弖流為が同じ北の民である母霊の二人の最期を目の当たりにし、荒覇吐の神を斬ってまで守ろうとしたものを踏みにじられて奮起するところ(ここの染様一番スキかも)、そしてその憎しみを真っ向で受ける植本さんの悪役としての見事さ。すっごいなあ。あと植本さんでもうひとつすごいなぁと思ったのは、他のキャストの方は多かれ少なかれ芝居がその日によって動いてるんですが、植本さんは基本的にものすごく安定してるんですよ。それはマイペースで自分勝手にやっているということでは全然なくて、ちゃんと相手の動きも受け止めつつ、でも基本ベースはきっちりある、みたいな。3回見て3回とも同じように完璧だったのってこの人だけかも。

粟根さんは今回殺陣の先生川原さんとコンビで、これはファンにとっては嬉しい(笑)見応えのある美しい殺陣をセットで見られるのでねえ。川原さん殺陣早過ぎ!もう惚れ惚れ。飛連は結構おいしい役だったよね。そして粟根さんもペースを崩さないお方だなあ。橋本じゅんさんは出番割と少ないのに、インパクトといい笑いの神様の降りっぷりといい他の追随を許しませんな。大好きよもう。いっけいさんは哀しいまでに卑屈な蛮甲を見せて下さいました。役柄的に展開を読まれてしまうところがあるのでちょっと損してるような気もしますが、村木さんとの最期の仁王立ちはさすがの迫力、ここも泣けるんだよ二人の表情が・・・。

水野さんは鈴鹿の時より釼明丸の方がはまっていたかな。帝が憑いた最後の所も好きだけど。このシーンの表情は絶品。どうしても染様との立ち回りが多くなるので、日によっては「うん?」という所もあったにせよ、立ち姿も決まっているし台詞回しもどんどんよくなる感じだったので私はマル。ただ立烏帽子とのシーンはどうしても西牟田さんに分があるなあ。西牟田さんは前述したように声がちょっと嗄れているのがなんとも惜しいんですが、前半殆ど出ずっぱりの立ち回りしっぱなしだもんねえ。一幕だけなら一番きびしい役かもしれない。それにしてもホント何回も言いますが荒覇吐のシーンは凄い!惚れます。マジで。

堤さんは役柄的にどうしても阿弖流為に較べると構造的に重みに欠ける部分があって、その辺は演出&脚本の問題なのでしょうがちょっと惜しい気もしつつ。しかしまあそんなことどうでも良くなるぐらいカッコイイね(笑)。今回の田村麻呂は可愛く愛されるキャラだったので、堤さんのキュートっぷりも堪能できてよかよか。逆に言えばこれだけの役設定で阿弖流為とタイマンはるだけの存在感を立ち上げて見せたのは堤さんの役者としての底力かなあと。殺陣のキレも早さも一級品で、見応えありました。

そして染さま。いやいや、もう文句ないですよあれだけカッコよけりゃ。染様の声はほんと心を震わすねえ。後半なんかぞくぞくきっぱなし。一番好きなのは母霊一族の最期から布留部を倒して本花道で見得きるところ。本気で神懸かりを感じさせる迫力でした。あの表情、姿勢、声。もうたまりまへん!!荒覇吐とのシーンはもちろんだし。「いずれ我が魂は…」って、泣けるじゃねえかよおお(泣)堤さんとの殺陣はもう上手い者同士なのでほんと見応えありまくり。私は殺陣好きなので「ああ、もうずーっと立ち回ってくれててもいい」とか思いましたが(笑)後半の長槍使った殺陣が見栄えもよくて好きだったかな。あと衣装が良くてねえー!肩もひらひら、裾もひらひら。うっとり…。

長い感想になりました(笑)本当にねえ、面白かったです。楽しかったです。こういう芝居が常打ちでいつでも見れたら、もっともっと芝居を取り巻く環境そのものもきっと変わってくるのになと思わずにはいられませんでした。だって大阪に帰ってくるのつらかったもん。演舞場に住みたいぐらいだったもん。ほんと、極上の逸品といったところでしょうか。堪能させていただきましたです。

    • 8/21 9列28番

中島さんに岸田戯曲賞をもたらし新感線に秋元松代賞をもたらしました。今思っても非常に完成度の高い舞台。いのうえさんは「染・堤以外での再演は今のところ考えていない」と仰っていましたが、私は逆に他のキャストで早く見てみたい、という気がします。逆にムタさん以外の荒覇吐が想像できにゃい・・・