「夏祭浪花鑑」平成中村座

長いこと芝居を観ていても感激して涙を流すってことは結構しょっちゅうあるものだが、震えが来るほど感動する、涙も出ないほど、というのはさすがにそうそうあるもんじゃなくて、でも大阪の扇町でやった平成中村座の「夏祭浪花鑑」は私にとってそういうお芝居の一本でした。あの緑の丘を越えて小さくなっていく二人の後ろ姿は今でも忘れられない。そして思いました、これをNYで、セントラルパークなんかでやったらどんなにいいだろう。逃げていく二人の距離の分だけNYの街が浪花の街に染まっていくんだ。いいだろうなあ、すてきだろうなあ。そう思った人は私だけではなかったんだなあ。残念ながらセントラルパークではないけれど、ほど近いリンカーンセンター内のダムロッシュ・パークに中村座特設テントが立ち、あの暑い熱い「夏祭浪花鑑」が、また帰ってきたのでした。

初日の昼・夜と見ましたが、さすがに皆さん緊張されていたご様子。特に昼は声がちょっと出てなくて(特に笹野さん)、見ているこっちがドキドキしたりして。立ち回りで捕手をやったみなさまの動きもさすがに固く、決めて欲しいところで決まらないもどかしさもあり。最後の演出を除けば、基本的にコクーン版と演出は変わらないかな?照明はちょっと違った気もする。3時間以内に収めないといけないということでお鯛茶屋のシーンは至極簡単なナレーション(英語)付きの説明になってましたが、住吉、長町裏などはそのまんまでした。

初日の昼はこれがもう驚くほど日本の方ばっかり。7割はそうだったんじゃないかと思う。日本から見に来た、んじゃなくてNY在住の方が殆どといった感じでした。着物率の高いこと高いこと!大向こうさんもいらしていて、日本で見るのとなにも違わない感じ。でも、NYに住んでいて歌舞伎を見たことないけど折角の機会だから!という方も多そうでした。ところが夜の方は一気に日本人率が減って3割ぐらいになっていた感じ。芝居はもう夜の方が断然良かったです。昼間のあの声の細さはなに!?と思うほど皆さん声が出てたし、立ち回りも決まってた〜〜。不思議と夜の方が台詞受けもよかった。特に笹野さんは素晴らしかったのよーー!ラストも夏祭の大きな見せ場ですが、クライマックスはやはり泥場。勘九郎さんと笹野さんの凄絶な殺し合いは昼夜問わず劇場がもっとも集中したシーンでもありましたが、そこで泥まみれになりながら死んでいく義平次はやはりとても印象に残ったらしく、夜の部のカーテンコールでは笠を被ったままひょこひょこと出てきて、お辞儀をしながら笹野さんが笠をとってにこりと微笑んだ瞬間に割れんばかりの拍手喝采、歓声で私はもう、思わず涙が・・・。勘九郎さんの団七、橋之助さんの徳兵衛、弥十郎さんの三婦はもう、抜群の安心感なんだけどそれでも昼間は緊張が見えたなあ。夜の部はいい感じの力の抜け具合だったと思います。七之助くんなんかは昼夜問わず絶好調に可愛くて、これが若さか・・・とか思ったり(笑)

気になるラストの演出ですが、ネットニュースとか見ると最後の最後が写真で出てますね(笑)背面がほぼ全部開くのは大阪版と同じ、縄をかいくぐって二人が逃げまどううちにパトカーのサイレンとヘリコプターの轟音が!「えええ、まさかヘリを!?」とちょっとだけ思いましたがそんなことはさすがになく(当たり前だ〜)、照明と音で客席の背後にヘリが降りてくるような見せ方にしてました。一旦客席後方まで来ていた二人がヘリから逃れるためにまた劇場の外へ向かって走り出し、裏にある建物(というか、舞台というか、野音の舞台みたいなやつを思い浮かべておくんなさい)の後ろに消える。一瞬後また二人が猛ダッシュで駆け戻ってくると、NY市警の警官達十数名が拳銃片手にその背後に続き、舞台の上でストップモーション、最後は「FREEEEEZE!」で終わり。長町裏で背面が開いたときも「おおおお!」というようなどよめきがあがりましたが、最後二人が駆け戻り、NYPDの警官がそれに続くと劇場中指笛歓声拍手の嵐。昼はそこでスタオベ、夜はカーテンコールで勘九郎さんが出てきた瞬間に総立ちでした。昼間の時はカーテンコールの最後に串田さんが呼ばれて舞台に上がっていましたが、みんな拍手しながら「誰誰、アレ誰」な会話があっちこっちで聞かれるのが面白かったです。

しかし自分でも不思議なんだが、何回見てもお辰さんが顔に傷をつけるシーンや、団七が「しもうた・・・!こりゃ手が回ったか・・・!」というシーン、そして最後の二人の逃亡劇を見ていると泣いてしまう自分が居るのですね。特にラストは毎回演出こそ違え、世界の扉をこじ開けてしまうような力を感じてゾクゾクしてしまう。ほんっと何遍見ても飽きませんわ・・・。

英語字幕のようなものをつけるのかなと思ったんですがそういうものは一切ナシで、イヤホンガイドで対応、という感じでした。しかしイヤホンガイドだとリアルタイムで何を言ってるかはわかるけど、それだと台詞の抑揚なんかはあまり伝わらない気もしたり。字幕まで行かなくても、幕の間毎にお鯛茶屋の時みたいなナレーションを入れるってのもありかも、とか思いました。あと、絶対休憩時間の時に「15分間の休憩です」みたいなことを言った方がいいと思う!ブロードウェイとかでも言わないけど、みんなあれ、長町裏で終わりかと思って帰っちゃうよ!?終わったあと「え、終わりだよね?」と言っていた人が何人も居たぞ〜。(実際帰ってしまった人も居た・・・)筋書っつーか配られたパンフみたいなやつには一応シーンごとの説明があるけど、読まない人は読まないし。二幕見ないなんて、もったいなさすぎだー。

今回が特別、今回が記念、っていうんじゃなくって出来れば何度でもこういうことをやって欲しいなあと思う。花道という舞台構造はほんっっっとに素晴らしいものだと最近痛感しているのですが、向こうの劇場じゃなくて本場の舞台で歌舞伎を見てもらうってすごいことだと思います。そのためにも今回のこの舞台が、次回に続け!と願ってやみません。