「ピピン」

前回上演の時の周囲のお友達からの評判がとてもよく、そのときは見逃したので今回の上演待ってました!あざっす!!!という感じで飛びつきました。飛びついたわりには事前情報をまったく仕入れてなかったので、カール大帝の息子ピピンって名前が出てきて「あっ、そっち!?」と驚いた次第。そっちといっても、実際に歴史物を重厚に見せる芝居ではなく、「ピピン」という「偉大なる父のもとで育った、何者かになりたい若者」をピピンの器を借りて寓話的に見せていくという形でした。

サーカス小屋での出し物としていろんなシーンが展開していくんだけど、まあまずこの手の「見世物小屋」の雰囲気が嫌いな観客などいない(暴論)。好きに決まってるやつだし、あとやっぱりボブ・フォッシースタイルの振付の偉大さよね。前情報まったくなしで見たけど、さすがにこれのオリジナルがボブ・フォッシーの手によるものだということは知らなくてもわかる。はーかっこいい。彼のダンスのセクシャルさって不思議とヘテロセクシャルな匂いが薄い。個でなりたつセクシャルさ。

それからなんといっても最終盤の展開よ!ピピンが最後にキャサリンとテオに出会い、その時点で観客としては「ここに本当の幸せがあるとか言い出すやつ」って予想はつくわけで、実際にその通りになるわけだけど、序盤から繰り返される「一生忘れられないクライマックス」がなんなのか気づかされるところもシニカルの極みだし、加えて去っていくピピンとキャサリンからテオの手が自然と離れて…ってあたりでわーおそう来る!?って思わず顔がニヤけちゃったもんね。

何者かになりたい、もっと充実感のあるものがほしい、そういって戦争に行き淫蕩の限りを尽くし革命を起こし、でもいつも「思ってたんとちゃう」と「何者にもなれなかった」若者、このサーカスはその「何者かになりたい」という欲望を養分とするかのように大きく、派手に育っていく。しかし若者が「地に足をつけ」ると、まさにバブルが弾けたように欲望の風船は消え、舞台装置は取り払われる。けれども、「何者かになりたい若者」が後を絶つことはないのだ…とでもいうようなラストシーン。いやあ良い。こういうのめっちゃ好きです。

全開続投組も、今回の新キャストもみんなよかったなー。クリスタル・ケイさまあれはカッコ良すぎ!!!歌もさりながら、けれん味のある、ハッタリの効いた芝居の数々に目がハート。あとはなんといっても前田美波里さまのあのパーフェクトボディぶりよ…いやすごい。スマートならざりし我が体形じっと手を(腹を)見るどころじゃない。

大阪公演初日を拝見しましたが、森崎ウィンくんの挨拶があり、東京公演で一部中止になってしまったことに触れた時ほんとに泣いちゃって、いや振り回される観客もつらいけど、やれないほうもつらいよね…まじでコロナめ…と3億8000万回目ぐらいの呪詛を心の中でつぶやきました。大阪公演無事の完走なによりです!おつかれさまでした!